住職になって以来、お葬式や追善法要の場でお経を読むという役割しか担ってきませんでした。あらためて歴史をひも解いていくと、本来のお寺の役割は「いまを生きる人の集い場」であるのです。当寺では、明治時代は寺子屋があり、昭和時代は遊技場として子女育成の場でありました。そういう歴史を振り返り、今後は「ご縁作りの場」という役割を担い「いまを生きる我々の未来への架け橋」となるために活動していきます。
大源寺の創建は定かではありません。元は現在地の北東2キロほどのところにありましたが、水害により消滅しておりました。寛文元年(1661年)に、大垣藩主戸田肥後守氏西の庇護のもと、慈溪寺二世の密雲和尚の隠居所として再興されました。その後も消滅の危機が幾度もありましたが、多くの皆様の篤い信心とご尽力によって現在まで続いております。
元和3年(1683)年から大源寺のご本尊として鎮座しておられます。どの方向に向けても救済に行こうと頭の上に10の顔を持ち、いつも私たちを見守ってくださいます。
当寺院でおまつりすることになった由来は明らかではありません。この世に生きる皆さまに多くの智慧をお授けになり、幸せをもたらしてくださいます。
禅宗の初祖の達磨大師さまをお祀りして、本堂に静寂感をもたらします。
苦を取り除き安心をもたらす地蔵菩薩をお祀りして、この世の平和を願います。
昭和15年に建立されました。風雪の被害により倒壊する危険がありましたが、平成12年に皆様のご懇志のもと大修復をして強固なものになりました。
長年の風雪によって傷みがひどくなり、平成28年に改修工事により、装いを新たにして音声をお伝えしております。
長年にわたり、檀信徒や近所の皆さまとの交流の場であり、寺族の居住の場でありました。
風雪で傷み、令和3年に新築工事を行いました。
新しい仏縁を結び、多くの方々に仏様の教えを教化する場として出発したところです。
臨済宗の教えでは、お亡くなりになった後は涅槃の世界に行くと説かれています。
悩みも苦しみもない涅槃の世界からこの世を見守ることができるのです。
ご本尊の観音さまをはじめ多くの仏様がこの世と涅槃の世界をつなぎ合わせてくださいます。
世帯ごとでお祀りする納骨壇「阿羅漢の間」と、ご縁のある皆さまを末代まで共にお祀りする永代供養墓「福聚廟」、自然に還る新しい葬法の樹木葬「曠然苑」など 様々な墓地施設を備え、仏さまの慈悲が行き渡るように勤めてまいります。
今ではセレモニーホールでの葬儀が多くなってきましたが、かつては、ご自宅やお寺の本堂でご葬儀が行われていました。
お寺の本堂での葬儀は、正面にご本尊さまをお祀りした静寂な空間のもと、ゆったりとした気持ちでお見送りすることができます。仏さまが間近におられるから、守られているという安心感に包まれて、故人も遺された家族も穏やかな気持ちでご葬儀を行うことができます。
※本堂葬のチラシはこちら
かつてはご自宅の仏間で行うことが多かった法事ですが、今では家が小規模化したり、お仏壇を管理することが難しい等の理由で、ご自宅での法事を行うことが難しくなりました。
大源寺では、本堂という空間を法事にお使いいただくことができます。住職の読経の声にご唱和頂いて、広い空間で故人と遺された家族とがつながっていることを感じていただきたいと思います。
毎年1月の成人の日に行ないます。大般若経六百巻にある「智慧の完成」に向けて精進することをお誓いして、一年の無事平安を願います。
毎年8月7日に行ないます。有縁無縁の諸霊に向けて水や食物を捧げて、その功徳をもって自己の肉親やご先祖様への供養をいたします。
大源寺だよりでは、仏様の教えが伝わるように、わかりやすい言葉を用いて作成して皆さまのもとへお届けしております。ご希望の方には郵送いたしますので、問合せフォームよりご連絡ください。
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