秋晴れのもと、庭掃除をしていると、ドウダンツツジの紅葉が始まっておりました。
日中は、20度を超えることもありますが、朝晩は冷えております。時候のあいさつの「秋冷の候」という言葉を思い出しながら、掃除をしておりました。

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青蓮(しょうれん)

先日、妙心寺への参拝の折、京都の南東に位置する東山の山頂にある「青蓮院門跡の将軍塚」をお参りしました。
桓武天皇が京都への遷都の折、都を鎮守するために将軍の像を作って、塚に埋めるように命じたことが由来であるようです。

大日堂と将軍塚をお参りした後、展望台から京都の街を一望させていただきました。澄んだ空気のおかげで、広く見渡すことができました。

青蓮院門跡の「青蓮(しょうれん)」とは、お釈迦さまの澄んだ目であるようです。その名の通り、くもり気のない心境でいることのできるきれいな境内でした。
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宿庵

一昨日、団体参拝の合間に、妙心寺の塔頭寺院(境内地内にあるお寺)の慧照院までご挨拶に伺いました。
慧照院は、うちのお寺の住職が妙心寺に儀礼で伺うときに宿泊する習わしの「宿庵」という位置づけで、19年前に住職を拝命する際の「垂示式」のときにこちらで泊めていただきました。

その頃は、何もわからないまま、前に進むだけでした。そんな時のことを思い出しながら、門の中へと進み、和尚さまにご挨拶をしました。
鐘楼を修復したことと、大源寺だよりを発行していることをご報告して、退出させていただきました。

これから、まだまだ続く住職人生において、節目節目でご挨拶に伺う強い縁は途絶えることがないようです。

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妙心寺への団体参拝。

臨済宗妙心寺派の大本山である、京都の花園にある妙心寺まで、団体参拝にきました。
到着後の法要は、白隠禅師の250年の遠忌にあたるので、白隠さんの功績を讃えるものでした。

法要までの合間に、妙心寺派の宗務本所まで、ごあいさつに行きました。「これまでは、宗派内や出身の僧堂(修行道場)の枠組みの中にこもって、妙心寺派全体との交流はありませんでしたが、こうしてごあいさつできることはありがたいことです。」とお話ししておりました。

多くの仏教の宗派の和尚さまとの交流を経て、白隠さんの流れを汲む臨済宗の教えの本線に戻ることができたと感じております。

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そろそろ、「大源寺だより第5号」の原稿を書き始めなければなりません。ネタが尽きてきたかと思っておりましたが、多くの皆さまとのご縁によって、次から次に原稿の内容が思い浮かびます。
「無一物中無尽蔵」という禅語があります。もう尽きたと客観視していると、不思議にアイデアが湧いてくるのです。

原稿を、檀家さんの印刷業者さんにメール送信するのですが、「もう少し縮めてください。」と言われないように、よくまとめて原稿を仕上げていこうと考えております。「断捨離」と言ったところです。

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白隠禅師の足跡

去る10月5日に、東京の大手町にある日本経済新聞社の東京本社において、鎌倉の円覚寺の横田南嶺老師の講演会がありました。
旧友に聴聞をお願いして、レジュメ等の資料を送付していただきました。

資料を拝見させていただくと、白隠禅師の一生をつかむことができました。白隠禅師が幼い頃、地獄の説法を聴いて怖れおののくことが、仏門を志すきっかけとなり、多くの師をたよって悟りの境地へたどり着かれます。
悟ったことで満足せず、多くの民衆に法を説かれる姿に感銘いたしました。また修行の際に、挫折感のようなことがあったことに共感を覚えました。

白隠禅師の名前を存じ上げていても、詳細な生き方や足跡までは知りませんでした。友人からの報告書やレジュメを拝見して、理解を深めることができたことは、ありがたいことです。

老師の講演の前後に、坐禅指導があったようです。指導された和尚さんのお名前をお聴きして、ご縁のある方でした。
「あんたも顔が広くなったね。」と旧友からのメッセージに、「身体が痩せて、頭も顔も小さくなったけど、その分フットワークが軽くなって、白隠さんのように全国を飛び回っているのです。」とお答えしたところです。

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白隠禅師

臨済宗の中興の祖と呼ばれる白隠禅師の250年遠諱の、記念DVDが妙心寺派の宗務本所から送られてきて、拝見しておりました。

歴史の教科書には、臨済宗の開祖は栄西禅師とありますが、いま現在の臨済宗の法脈は、白隠禅師の流れを汲むものです。白隠さんの功績がコンパクトに説明されていました。

雲水(修行僧)が坐禅や作務をする建物は、どこか見憶えのある風景です。なんと住職が修行させていただいた犬山市の瑞泉寺です。20年前の頃を思い出しながら、見ておりました。

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伝道掲示板

伝道掲示板のポスターを貼り換えたところです。
「うまくいってもいかなくても」と精一杯に一日を送ることが大切であると、掲げさせていただきました。
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廓然無聖

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台風が過ぎ去って、秋晴れの空が広がっています。一昨日の10月5日は達磨さんがお亡くなりになったと伝えられる日ですが、同じ日に一族に新たな命が授かりました。

名前を尋ねても、達磨さんのように「不識(知らない)」と言うのは当たり前のことですが、からっとした晴れ空のように、くもりがないことは間違いないようです。廓然無聖(かくねんむしょう)と説かれたことを思い出しました。

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