原稿を確認。

お寺の新聞の「大源寺だより第5号」の原稿がほぼ完成したところです。
「臨済録」の解説の本を参考にしたところです。何年か前に読んだときは、理解できませんでしたが、今になってやっとというところです。

何度も見直して、読みやすいものを作り上げて行きます。

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推敲

「推敲」という言葉があります。
唐の詩人の賈島が、門を推す(押す)にするか、敲く(たたく)にするかを友人の韓愈に問うたことが由来となるようです。

大源寺だより第5号の原稿を書いております。私の原稿を母に押し出すように手渡すと、数分後にたたくように厳しい指摘が帰ってきます。
大源寺版の「推敲」と言ったところです。

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古文書

大源寺だより第5号の原稿を書いておりました。掛け軸の字を調べようと倉庫を見ていると、古文書が出てきました。
延宝7年というから1679年です。現代にも継承される宇野家の菩提を弔うために、建立されたことが書かれています。
これは、今後もお寺を継承していくための先人からの遺訓になります。

私は、何百年先の未来で、「大源寺だよりを書き始めたのは、平成時代に生きた一寛和尚である。」と語られることを願いつつ、原稿を書き連ねております。

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伝道掲示板に「おてらおやつクラブ」のポスターを貼りました。
お寺へのお供え物をお裾分けの趣旨に賛同させていただきます。

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伝道掲示板

伝道掲示板を貼り替えました。
「宝物をずっと大切に」というメッセージを上げさせていただきました。

禅の語録に「門より入るは家珍にあらず。」という文言があります。宝物は外にあるのではなく、自分自身の内面に眠っているのだという教えです。

20年前から、犬山市の瑞泉寺の玄玄庵老大師の提唱で何度も聴いた文言ですが、何のことかわからずにいました。20年かけてお伝えできるようになったのは、内面を掘り起こしてきたからかもしれません。

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松の木

松の木がなぜか元気がありません。今年は、天候不順だったからでしょうか。
庭師さんに連絡して、診てもらったところ、栄養不足ということです。根元に栄養剤を注入することになりました。

臨済禅師は、断崖に松の木を植えておられました。お師匠さんの黄檗禅師が、「そんなことをしてどうする。」と質問します。臨済禅師は、「一つには山門のための境地となし、二つには後人のために標榜となさん」と答えられました。お寺を訪れた人の心のやすらぎとなり、後世の人への標榜とするという解釈です。

いまの時代では、松の木の管理は手間や費用がかかります。非効率に思えるようなことにも継承していくことが、皆さまへの報恩となると考えております。

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僧堂

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20年前に修行させていただいた愛知県犬山市の瑞泉寺まで行ってきました。
今日は入制開講式と言って、僧堂の雪安居(冬の修行時)の始業式です。
お勤めの後、玄玄庵 小倉宗俊老師の提唱をお聴きしました。

永嘉真覚(ようかしんかく)禅師という中国の唐の時代の和尚さんの「証道歌」という語録が題材でした。「君 絶学無為の閑道人を見ずや」で始まる禅の修行の心構えが書かれています。「完璧である人などいない。妄想や無明をコントロールすることができれば、それこそが仏性なのである。」という解釈がなされています。
老師は、「よく整えし己にこそまこと得難き己をぞ得ん。」という言葉を用いて、「自分自身をコントロールして、おかげさまの心を持つ。」ことが禅の修行の第一歩であると説かれました。

20年前は、老師の提唱のときは意味がわからず、居眠りをしておりました。この歳になって、自分の解釈を述べるようになったのも、禅とは実体験に基づくものであるかもしれません。当時は昇り降りのきつかった石段を、今日は軽やかに歩くことができたことと重なるような気がします。

今日の老師のお話しを、「大源寺だより第5号」に引用していこうと考えております。

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月刊住職

お寺に届いた「月刊住職」の最新号を読んでおります。
いま論議されている生前退位や、鐘楼修復の折に検討していたクラウドファンディングのことは興味深く読んでおりました。

お寺の運営は、先代や諸先輩から教わってきましたが、新しい考えを会得しようと視野を広げております。

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