手術に立ち会う一日でした。

私は一大事の時に、あたふたするのですが、弟もいて安心して時を過ごしていました。

私は覚えていないのですが、33年前の父の葬儀の時、弟がよろめく私の背中を押してくれたようです。

父母の一大事の時ほど、弟のありがたみを感じるのかもしれません。

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昨日、大源寺だより第9号の原稿を書き上げました。

今日から、入院に立ち会っています。

 

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これで何回目の立ち会いかと数えていると、公衆電話で連絡を取る人を見かけました。

子どもの頃は、母の勤務先に電話して叱られたものです。今ではLINEでのやり取りに変わりました。

30年の時代の流れを感じるところです。

知らないうちにどなたかがお参りくださいました。

お花が替えられて、お供え物があります。

この一年のうちに、永代供養墓が定着してきました。

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今年の夏の猛暑により、紅葉するのか心配したのですが、庭を赤らめています。

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「フリースタイルな僧侶たち」というフリーペーパーが届きました。

 

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修行のことが特集に取り上げられています。厳しい修行を重んじる宗派もあれば、信仰を重んじる宗派もあります。

何を求めるのかと言えば「煩悩をコントロールして、自分の中に仏様と同じ心が具わっていることを感じとること。」がどの宗派も共通するのではと思います。

お釈迦さまのお心にたどり着こうと、いろんな方向からアプローチするのが、宗派に分かれた仏教であるようです。

樹木葬墓地の前で、お経を読んでいます。

 

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始めの頃は根付くかと心配もあった樹木葬墓地は、少しずつ根を伸ばしています。多くの仏縁を引き寄せているようです。

「行列のできるお寺」には程遠いのですが、お客さんが続々とお見えになると、僧侶が一人では対応できません。

近所の若い和尚さんにピンチヒッターをお願いすることもあります。

自力やら他力などという区別はできません。自分で考えて他人の助けを借りて仏心やおかげさまの心をお伝えしていくことが何より大切です。

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