日本のどこかに

東京滞在中も仕事の電話がありました。
30年前に大学に入学した時は、公衆電話を探して、実家のお寺に連絡しました。

石川県の方から連絡があり、お経の本をお送りしました。携帯電話がない時代は、固定電話に留守電もなくて連絡ができないことも多々ありました。

今では、全国どこにいても、つながるからいいですね。そして、どこへでもお経を上げに行き、東京やら金沢やら宝塚にも私を待ってくれている人がいます。

「ああ、日本のどこかに、私を待ってる人がいる。」と山口百恵さんの「いい日旅立ち」のメロディが新幹線の車内で耳にします。
22年前は、山口百恵さんのファンの、勤務先の社会保険事務所の所長を茶化していましたが、このメロディがしんみりくるようになりました。

経営戦略セミナー

東京の高輪にある新高輪プリンスホテルへ行き、経営戦略セミナーに参加してきました。

お寺に住むお坊さんが経営戦略を勉強して、意味があるのかと不思議に思われることでしょう。
平安貴族のように、有職故実に基づいて仏事を行っていれば、セレブな生活を送ることができるという妄想があるかもしれません。

しかし、苦境に立たされているお坊さんなりお寺が多いのです。私も若い頃は、ワーキングプアと言われたものです。

自分で切り拓いていかなければ、末代まで下級武士のように苦しむのです。

新高輪プリンスホテルの会場に入ると、すごい熱気ですごい人でした。1000人以上はお客さまがいらっしゃいました。

着席すると、真貝社長のお話しをお聴きして、その後、U-NEXTの宇野康秀社長のお話しをお聴きしました。

宇野社長は、20年前はUSENの社長で、オーダースーツを着てカッコよくテレビに映っておられました。
その後、喫茶店やスナックで有線放送を聴くこともなくなりましたが、動画配信にシフトされたようです。

昔はレンタルビデオを借りて、期限内に返却しないとペナルティがありました。今では、インターネットで動画を購入することが多くなりました。
宇野社長は、市場をよく分析されて、また異業種の企業と提携されて、顧客満足度を高めて、多角化経営をされていることには、経営を知らない私も感服しました。

その後、授賞式があり、シャボン玉石けんの森田隼人社長の講演を聴きました。肌の弱い人は、化学洗剤では身体に悪影響が出ます。無添加洗剤の製造販売に使命を持って、苦境に立たされても使命を貫いた経営姿勢には驚くばかりでした。
私なら腰砕けしてしまいます。

そのようなお話しをお聴きして、感動のうちに会場を後にしました。こちらの会場は、通行手形のようにQRコードが使われていました。名刺をお渡ししたり、記帳することもなく、渋滞はありませんでした。若い頃、東京ドームに行った時は、出入り口は渋滞していたものです。

うちのお寺でもAIやDXを導入して、仕事の遅い私でも、スムーズにお客さま対応ができるようになりました。

顧客満足度を高めて、自分自身も使命感を持って仕事をしていく姿は見習うことが多くありました。

それにしても暑かったですね。スーツを着てネクタイを締めて参加しましたが、似合っていなかったですね。浮いていました。

そんな中でも、「仏様を好きになり、仏様の教えを信じて、仏様の伝統を楽しむ。」という姿勢にして行きたいと思います。自分も檀信徒も古くからの習わしに縛られて痩せ我慢をする時代ではないのです。

船井総研経営勉強会

東京駅の近くのミッドタウン八重洲までやって来て、船井総研の寺院経営勉強会に参加させていただきました。
全国からお越しの志高いお坊さんが、意見を交換して、先達の志高いご住職のお話しをお聴きしました。

人が集まるお寺はよく分析されて、的確にアプローチされておられます。そして対等なコミュニケーションがされておられます。
そのお話しをお聴きして、自分のお寺で役立てて行きたいです。

また、的確な事務処理をしていくために、DX化を進めていきたいところです。

東京に出てくると刺激を受けます。

朝日新聞

朝日新聞は、29年前に犬山市の瑞泉寺で雲水をしていた時、老師が読まれた新聞を一日遅れで購読したものです。

その記事に私の名前が掲載されていました。記者の方から取材のご依頼があった時、「うちの活動が記事のお役に立てるのですか。」とお尋ねしました。
それでも、わざわざ東京からお越しくださり、お話しをさせていただきました。

うちは、田舎の小さなお寺で、数軒の一族兼檀家さんと、地域の真宗のご門徒さんに支えられてきました。
40年前の父の葬儀の時は、親族や知らない遠縁の親戚や、知らないお坊さんさんが集まり、同級生や保護者が庭にまで並んで、オールスターでびっくり仰天しました。
何も知らない9歳の私は、我が家はこれだけ勢いがあるのかと思いましたが、お通夜のお菓子がないとか、御斎(おとき 昼食)の用意が少ないとか、ケチをつけて揚げ足を取るという、ねじ曲がった仲間意識で遺族はありがた迷惑でした。

最近の小規模な家族葬を全面的に賛成しているわけではありません。参列者に挨拶をして気ぜわしいまま葬儀を進めるよりは、少人数でお弔いをして見送り、宗教への信仰を深めていくのも選択肢なのです。

小さな葬儀でも粛々とお弔いをして、宗教者として教化していきたいと思い、インタビューでお答えしました。

平成バブルの頃から、葬儀が大規模になってきました。近所の認知症で引退された和尚さんは、「葬儀社の紹介で葬儀を受けたら、税務調査で痛い目に遭わせてきた税務署の職員だったよ。お返しをしたよ。」と述懐されていました。

お返しがどの程度かわかりませんが、鞘当てだったにせよ、傲慢であることには間違いありません。

そんな時代があったから、栄枯盛衰で小規模になってきたと思います。

状況に即して、寄り添い安心をもたらしていくのが宗教者の役割であると思います。

浄満寺

輪之内町からの帰り、安八町にある浄満寺をお参りさせていただきました。
こちらは、大叔母の家に近く、一度お参りしたいと思っていました。
桐谷ご住職にご挨拶をして、本堂に上げていただきました。


築6年の本堂がきれいに整えられて、阿弥陀さまのご加護で、極楽浄土の雰囲気が伝わってきました。

桐谷ご住職は、在家のご出身でご遠方の別院で勤務された、たたき上げのお上人で、皆さまに請われて入寺されたようです。
これから親しくさせていただこうとお話しして、お寺を後にしました。
門徒さんに支えられてお寺を運営していく、模範を拝見することができました。

江翁寺

うちのお寺は安八郡神戸町にあります。同じ安八郡でも、地続きでない東南に安八町と輪之内町があります。

輪之内町に用があり、その帰りに江翁寺というお寺をお参りしました。


こちらは、妙心寺派の常任布教師をされた中西東峰和尚さまの生家で、美濃加茂市の小山寺に移られるまで、こちらのお寺で住職をされていたようです。

今は住職はいらっしゃらないようですが、隣の家にお住まいの弟さんが管理されていて、きれいに整えられていました。

治水工事に従事した薩摩義士のお墓がありました。封建時代で幕府の難題の対処した義士の思いが伝わってきました。

お墓参り

母方の祖父母のお墓に行き、お墓参りをしてきました。
叔父に質問の手紙を書いて、どこに納骨したのか尋ねると、いつも通うコナミスポーツクラブの近所に納骨されていることがわかりました。

お寺の境内地にあり、ご住職にお墓の位置をお尋ねして、やっとのこと辿り着きました。

竿石に戒名が彫刻されておらず残念ですが、やれやれという思いです。

次は高野山の龍泉院へ行って、故人の遺骨に手を合わせてきたいと思います。

兼六園

金沢市でのご葬儀を終えた後、兼六園に行ってきました。
炎天下の中でしたが、多くのお客さまが来ていました。松の木がきれいに生い茂っていました。池との調和が絶妙でした。


ぐるぐると園内を歩いていました。これだけの猛暑ですから、杉苔は弱っていました。

これだけの広大な庭園を維持してきた加賀百万石の財政力と、維持してきた金沢市の底力は恐れ入ります。

金沢市でのご葬儀

金沢市までご葬儀に行ってきました。
今年5月にお弔いをさせていただいたお宅からご指名があり、新幹線と特急を乗り継いで向かいました。

火葬の後、お骨箱にお名前をお入れする習わしということで、うまくない字でお名前を書き入れました。

こちらのお宅の菩提寺は珠洲市の国泰寺派のお寺で、和尚さまには19年前に妙心寺での布教講習会でお世話になりました。
昨年の震災で罹災されて、お寺は大変な状況のようで、急遽ピンチヒッターとしてお呼びがかかりました。

どこでつながっているのかわからないのが仏縁です。大切にしないといけません。

猛暑の中の法事

猛暑の中、樹木葬墓地の納骨がありました。
本堂での一周忌法要の時は、一緒にお経を上げてくださいました。
今日の納骨から信仰を深めてくだされば幸いです。

今日も多くのお墓参りがありました。