通常なら忠魂碑の前で行なう地元の戦没者の法要が、雨のためうちのお寺で開催されました。
戦後80年経って、参列されておられる方の大半が戦後に生まれた方でした。臨済宗は内陣でお経を上げることはあまりなく、外陣でお経を上げて、皆さまに前で焼香をしていただきました。皆さまの焼香のしぐさは人それぞれでした。
「終戦後31年経った年に生まれた私がお経を上げさせていただきました。最近は世界で不穏な足音が聞こえてきますが、皆さまが80年にわたって積み上げてきた動きで、この不穏な動きを止めることができればと思います。」とお話しさせていただきました。

8時半の開式前から雨が降っていて、クーラーも扇風機もつけませんでした。お客様が扇風機もつけ始めたので、クーラーをつけました。高齢者には寒かったかもしれません。
今日の参列者の大半は、団塊世代近くの年齢の方でした。そうすると、40年前に突然死した父のことはよくご存じで、同級生のご両親も何人かおられました。そのうちのお一人とお話しして、「うちの娘は4人子どもがいて、食べ盛りだよ。お父さんや義父母はお寺のためにと頑張っていたけど、私にはそんなエネルギーはないね。お寺さんが自力で頑張ってもらわないといけないんだよ。」と語っておられました。
昭和終期の小僧時代は、一休さんやおしんのように無心に頑張っていれば、皆さまがご寄進してくださいました。(アニメの中の一休さんを思い浮かべてください。)
今ではお坊さんもお経を上げて語って、方向性を示して実践していかないと、一般のお客様はついてきてくれません。
戦後80年を節目として、国力の低下している日本の社会で、お寺の立ち位置を分析して、どう仏法をお伝えしていくのかが問われる時代になってきました。
