明日から7月となります。
伝道掲示板のポスターを貼り替えました。今回から私が作成しました。

大源寺だよりのゲラ刷りがメールで届きました。これから校正が始まります。

明日から7月となります。
伝道掲示板のポスターを貼り替えました。今回から私が作成しました。

大源寺だよりのゲラ刷りがメールで届きました。これから校正が始まります。

うちのお寺から北西に8km離れた池田町のメモリア池田までお弔いに行ってきました。
こちらの会社とはさほど縁が深いわけではありませんが、昨日ピンチヒッターで葬儀の導師の依頼があり、お受けしました

遠く離れた日本海側の農村の地帯のご出身で、岐阜県のこの地で永住されたようです。昨日のお通夜で、そのことをお話ししたら響いたようです。弟さんは静岡県浜松市のお住まいで、私の知人の和尚さんのお寺の檀家さんであるようです。そちらの和尚さんのピンチヒッターであったようで、私では役者不足であったと思います。
無事に葬儀は終わって、お寺に戻りましたが、暑さのせいか、やや運転が危なかったです。気を付けなくてはいけません。

終活のお仲間に入れていただくと、どうしても自分の遺影をという思いが湧いてきます。
自分の遺影を作ってみました。禅僧の頂相(ちんそう)をモチーフに作成しましたが、パロディ風かなと思います。
かえって御朱印向きのイラストかもしれません。

神戸町仏教会の総会で、養老鉄道の広神戸駅近くの今村家までやってきました。

町内で26のお寺があるうちの、4カ寺しかない小数派の臨済宗から私が会長を拝命しております。
何年もやっていると、近況がわかって気軽にコミュニケーションが進みます。

総会の後の懇親会では、5年前の交通事故で加害者になった時、真宗の門徒の皆様が嘆願書を集めてくださったことに感謝して、東本願寺、西本願寺、興正寺、専修寺(高田本山)をお参りして、親鸞聖人に感謝の気持ちをお伝えしてきたことをお話ししました。
いろんなご縁がある仏教会の大役でいさせていただき感謝しております。

雨が上がって、樹木を西日が照らしています。
西方浄土から、仏様の光が差し込んでくるようです。
明日の朝には、掃き掃除をして清めていきます。
本堂で四十九日法要がありました。
こちらのご葬家はご葬儀でのご縁でしたが、ご親戚にJAの支店長がいらっしゃって、20年前に客として伺った時のことを覚えていてくださり、こちらで忌明けの法事を行なわせていただきました。
台風の影響で蒸し暑くて、本堂のガラス戸を開けると蚊が飛んでいます。アースノーマットをつけてお経を上げました。
最近では、ご焼香の作法を手短かにお伝えします。
お経が終わって、お話しをして、「不思議なご縁でつながっているのがこの世界です。これから皆さまのご供養に寄り添わせていただきたいと存じます。」とお伝えしました。
若い女性が、エアコン前でゆっくりしています。私個人としてはありがたいのですが、おばあさんが「いつまでおるの。早く行くよ。」と叱っています。私は、「席料がかかるよ。」とお伝えすると笑っておられました。
お寺の接遇は難しいですね。謙遜して言っているつもりでも、上から目線になっていることもあります。
うまくお相手の心に響くのも経験ですね。

寺報の題字を、果敢にも自分で書こうと練習しています。
しばらく書き続けて、これなら大丈夫というものを掲載します。
大源寺だよりの最新号に使うイラストを作成しています。
良寛さんのように、子どもとかくれんぼをしている光景をAIで作成しました。
母はキモいと言うのですが、皆さまいかがでしょうか?

東京駅の八重洲口の東京ミッドタウン八重洲で船井総研の勉強会に行ってきました。
お寺のAIエージェント活用セミナーでした。
私はAIというものはあまり使用していません。クラウド過去帳を利用していますが、19年前に日本中が大混乱になった消えた年金記録のようになってはいけないと、その当時は10世帯しかなかった檀家さんの過去帳記録を、沙羅というソフトに入力したのが始まりでした。
とはいえ、自分の頭が働かない限りは宝の持ち腐れです。次に何をすればいいのか指示をする秘書のような役割が必要になります。
AIエージェントという頼もしい存在がいることを知りました。段取りの悪い私は、お盆のお参りの順番が悪くて、クレームがよくありました。自分の頭で考えることも大切ですが、頼もしいAI秘書がいれば、事務処理ミスを減らすことができます。
講師の先生のお話をお聴きして、AIに大源寺の歌を作成してもらいました。秀逸ですね。

行きの新幹線の車内で、大源寺だよりの最新号の原稿を書いていました。こちらはAIエージェントではなく、完全な自筆です。校正で多くの修正が入ることでしょう。

先日、鵜飼先生の欲望の仏教史の講義を受講して感じることがありました。
本山 本寺 末寺という枠組みを、愛知県や岐阜県のお寺社会で、抜け切ることができないご僧侶が多いようです。
松の廊下で刃傷沙汰を起こした赤穂浅野家の浅野内匠頭の事件で、本家も幕府に対して責任を負ったことを思い出しました。
なるほど、15年ほど前、私が思い通りにならないから排斥しようと、本寺や分家クラスの寺に圧力をかけたり、宥和政策のつもりか、近所のお寺に手伝いに行くように、ご自身の末寺の和尚さんに指示して連絡してきたご住職がおられました。
また26年前は、私が本寺の経営する保育園で事務員で雇ってもらうように言ってきたり、東京の世田谷区の龍雲寺へ何度も行くと、人間力が足りないと難癖をつけてきました、目をかけてくださるのはありがたいことでしたが混乱しました。
まあこれは違うと思い、反動もあり住職塾や船井総研で学んでいるわけです。
それまでの本寺末寺は和合と言えば聞こえはいいですが、主従関係で末寺は奉公人になる可能性もあるのです。
5年前に、交通事故の加害者になった時、浄土真宗のご住職やご門徒さんが多くの嘆願書を集めてくださいました。
同朋の教えが広く行き渡っているのでしょう。
してやってるという主従関係を見直して、対等は難しくてもともに仏法を学んでいきましょうという枠組みが大切であると思う毎日です。
