快晴の一日

今日は快晴。朝から庭掃除をしていました。

青空の下、庭の木々を眺めながら手を動かしていると、少しずつ気持ちも整ってきます。掃除を終え、母の診察に付き添うため、大垣市民病院へ向かいました。

この辺りの高齢者にとっては、大本山よりも尊いところかもしれません。お坊さんがこんなことを言うと叱られそうですが、病気の不安を抱える本人や家族にとって、頼れる病院の存在は、それほど大きなものです。

私も今日は、母の付き添いとして、先生のお話を拝聴しました。「自分に都合のよいところだけ聞こう」などという邪な心が起きないよう、心を澄ませて耳を傾けていました。

庭を掃除するのも、人のお話を素直に聞くのも、日々の修行ですね。普段はお話をする立場ですが、今日は聞く側として、自分の心のあり方を見つめる一日となりました。

大源寺周辺の道路工事

大源寺周辺の道路工事と、ご来寺の際のお願い

令和8年10月4日(日)から10月24日(土)まで、大源寺周辺の瀬古地内で道路の舗装復旧工事が行われます。

作業時間は午前8時30分から午後5時までです。区間ごとに工事日程が異なり、期間中は通行止めなどの交通規制が行われます。なお、雨天の場合は順延となります。

お参りや法事、ご相談などで大源寺へお越しの方は、工事現場の職員に「大源寺へ行きます」とお伝えいただければ、通行可能です。

通行の際は、現場職員の案内・誘導に従い、ゆっくりとお気をつけてお越しください。

道路ごとの工事予定は、次のとおりです。あわせて位置図をご覧ください。

・西側の南北道路〈茶色〉:10月4日
・北側の東西道路〈青色〉:10月6日〜11日
・大源寺西側の南北道路〈黄色〉:10月8日〜16日
・東側の南北道路2本〈赤色〉:10月13日〜16日
・南側の東西道路〈緑色〉:10月19日〜24日

ご来寺の皆さまにはご不便をおかけしますが、ご理解とご協力をお願いいたします。

春日山 大源寺

彼岸花

檀家さんのお宅へ伺うと、堤防に彼岸花が咲いていました。木々の下に広がる鮮やかな赤色に、思わず目を留めました。

まだまだ残暑が続きますが、彼岸花はちゃんと時季を覚えてくれているようです。「もう秋ですよ」と、静かに知らせてくれている気がしました。

日々の用事に追われていると、季節の移ろいを見過ごしてしまうことがあります。それでも草花は、それぞれの時を迎え、花を咲かせています。

お参りの道中にいただいた、小さな秋の便り。慌ただしい毎日の中でも、こうした景色に心を向けるひとときを大切にしたいものです。

実家じまい

テレビの「モーニングショー」で、「実家じまい」が取り上げられていました。

親が暮らした家には、長年使った家具や衣類、写真、思い出の品が残されています。一つひとつに家族の面影があり、簡単には片づけられない。そのお気持ちは、よく分かります。

大源寺のお墓の会員さんにも、実家じまいに悩んでおられる方がいらっしゃいました。どこから手をつけるのか、何を残すのか。そして、家そのものをどうするのか。物の整理とともに、心の整理も必要になるのだと思います。

昭和の時代には、実家に戻って跡を継ぎ、家を守ることが立派なこととされる空気がありました。ところが今は、無理をしてでも守ろうとすると、「家への執着ではないか」と受け取られることさえあります。

時代とともに価値観が変わるなかで、守ってきた人が戸惑うのも無理はありません。家を大切にする気持ちを尊重しながら、これから担う家族の暮らしにも目を向ける必要があります。

これは、お寺にも言えることです。

26年前、大源寺の本堂を修復した際、禅桂寺の寺本義雄和尚さまから、「檀家が少ないのに大きな本堂を持つとは無意味だ」と言われたことがあります。厳しい言葉ですが、建物を維持する責任を考えるうえで、今も心に残っています。

本堂を保全するには費用がかかります。住職が兼業先で働いて得た収入で、いつまでも赤字を補い続け、その負担を次の世代にも背負わせるのであれば、私は「お寺じまい」という選択も考えるべきだと思います。

何を守り、そのために誰が、どれほどの負担を引き受けるのか。建物への思いとともに、そこに関わる人の生活を考えることが大切です。

実家も同じです。「先祖から受け継いだから」という思いだけで、遺された家族の生き方が縛られてしまわないようにしたいものです。家を残す、住み替える、手放す。それぞれの事情に合った方向性を、話し合えるうちに考えておくことも、家族への思いやりではないでしょうか。

家の形が変わっても、そこで育まれた思い出や感謝まで失われるわけではありません。大切な品を少し残したり、写真や言葉で思い出を伝えたりすることもできます。

12月の大源寺の終活セミナーでは、「実家じまい」をテーマに開催します。

これまでの暮らしに感謝しながら、これからの家族の暮らしを考える。皆さまと一緒に、そのきっかけとなる時間を持ちたいと思っています。

大本山妙心寺 参拝

本日は団体で、大本山妙心寺へ参拝いたしました。出発時から大雨となりましたが、皆さまと無事にそろってお参りできましたこと、心より感謝申し上げます。

大方丈では、庭の松が茶色くなり、枯れかけているように見えたことが気がかりでした。長年この場所を見守ってきた松だけに、どうか元気を取り戻してくれることを願っております。

昼食は阿じろで赤膳をいただき、その後、塔頭寺院の麟祥院へお参りしました。皆さまとともに、ゆっくりとお参りすることができました。

帰りのバスが出るまで20分ほど時間がありましたので、私は妙心寺派宗務本所へご挨拶に伺いました。短い時間ではありましたが、立ち寄ることができ、ありがたく存じます。

大雨の中をご一緒くださった皆さま、本当にありがとうございました。おかげさまで無事に帰路につくことができ、今は安堵しております。皆さまのご協力とお心添えに、改めて心より御礼申し上げます。

妙心寺団参

今朝は、岐阜西教区第三部花園会の皆さまと、大本山妙心寺への団体参拝に出発します。

あいにくの大雨。バスのフロントガラスにも、次々と雨粒が流れています。「せめて乗り降りの時だけでも、小降りになってくれれば」と、つい空にお願いしたくなります。

お天気ばかりは、こちらの都合どおりにはいきません。それでも、皆さまとご一緒に本山へお参りできるのは、ありがたいことです。

日々の寺務から少し離れ、本山で手を合わせ、自分自身の心にも静かに向き合う一日にしたいと思います。

まずは道中の安全を第一に。雨の日の足元に気をつけながら、皆さまとお参りしてまいります。

それでは、行ってまいります。

終活セミナー開催

「終活」は、今日を元気に生きることから

本日9月27日、大源寺の本堂で終活セミナーを開催しました。今回は山田さんを講師にお迎えし、介護予防とウェルビーイングについてお話しいただきました。

最初の私の法話は、少々情けない腰痛の話から。

昨日、整形外科でMRIを撮っていただき、先生から腹筋の弱さを指摘されました。日頃、皆様には「元気なうちから備えましょう」とお話ししている私ですが、自分の体への備えは後回しになっていたようです。

先日、弟一家が来たときには、甥もお母さんから「腹筋が足りない」と言われていました。まさか、おじさんまで同じことを言われるとは……。人のことは言えませんね。

そんな体験から、今の自分を大切にすることも終活の一つではないかと、お話ししました。

山田さんのお話で印象に残ったのは、「何歳まで生きたいか」に加えて、「何のために元気でいたいか」を考えるということでした。

行ってみたい場所がある。
家族と一緒に過ごしたい。
好きなことを、これからも続けたい。

そうした楽しみがあると、体を動かすことや外へ出ることにも、自分なりの意味が生まれます。

また、誰かと話すこと、自分の身なりを整えること、小さくても役割を持つこと。その人らしい暮らしを支える、さまざまな関わりについて教えていただきました。

途中には、画面を見ながら答える頭の体操や、皆さんで手を動かす場面もありました。本堂が、いつもとは少し違う、和やかな学びの場になりました。

終活というと、お墓や葬儀、相続などを思い浮かべる方も多いでしょう。もちろん、それらを考えておくことも大切です。そのうえで、今日をどう過ごし、これから誰と、どのように暮らしていきたいのか。そんな希望を見つめる時間も、大切にしたいと思います。

お寺が、供養のためにお参りいただく場所であるとともに、今を生きる皆様が集まり、話し、ほっとできる場所であってほしい。今回のセミナーを通して、改めてそう感じました。

ご参加くださった皆様、山田さん、開催をお手伝いくださった皆様、ありがとうございました。次回は12月を予定しております。

さて、私も皆様にお話ししただけで終わらぬよう、まずは自分の体と向き合うところから。腹筋の宿題は、誰にも代わってもらえませんので。

地区花園大会

本日午後2時より、大源寺の本堂で地区花園大会を開催いたしました。

このたび、22年ぶりに岐阜西教区へお越しくださった武久和尚さまから、心温まるご法話をいただきました。

本堂に集い、皆様とともに仏さまの教えに耳を傾けるひととき。和尚さまのお話を通して、参加された皆様も、それぞれに信仰を深められたことと思います。

22年という歳月を経て、こうして再びご縁をいただけることは、本当にありがたいことです。お寺の本堂が、皆様とともに教えを聞き、心を温める場となったことを、住職としてうれしく感じております。

武久和尚さま、ご参加くださった皆様、そして準備や当日の運営にお力添えくださった皆様に、心より御礼申し上げます。

合掌

慣れたことほど気づかない。

今日、車を運転していて、横断歩道上で自転車に「ケンケンパ乗り」をしているお婆さんを見かけ、ヒヤッとしました。

片足をペダルに乗せ、もう片方の足で地面を蹴って、勢いをつけてからまたがる、あの乗り方です。

「ここでバランスを崩されたら……」
見ている側は心配になります。長年の習慣なのでしょうが、乗り方を見直せないものかと思いました。

ところが、そういう私にも、なかなか直らないクセがあります。子どもの頃から身についた、お経の読み方です。

先日も大先輩から、
「クセがあるね」
と、ご指摘をいただきました。

自分ではいつもどおりに読んでいるつもりでも、聞く方には分かるのですね。人の自転車の乗り方を見て「直せないものか」と思った私が、自分のお経のクセとなると、長年持ち越しております。少々、耳の痛い話です。

もちろん、交通の安全とお経の読み方は別の話ですが、「長年こうしてきたから、自然にそうなる」というところには、通じるものがありそうです。

慣れていることほど、自分では気づきにくい。指摘していただけるのは、ありがたいことです。

自転車の乗り方も、私のお経も、まずは自分のクセに気づくところから。人のことを気にするばかりでなく、私もわが身を振り返りたいと思います。

慈渓寺の彼岸施餓鬼

昨日は、大源寺の本寺である慈渓寺の彼岸施餓鬼にお参りしてきました。

五色の旗が掲げられた山門をくぐると、手入れの行き届いた庭と、堂々とした本堂が迎えてくれます。青空の下、お彼岸の祈りの場に身を置かせていただきました。

この日は、矢橋ホールディングスの皆様も、大檀那としてお参りされていました。広く事業を展開される皆様が、お寺とのご縁を大切にされているお姿に、地域の信仰を支えるつながりを感じました。

私はといえば、高田慈雲和尚さまと、ついつい長話に。

歳を重ねるにつれて、どうも話が長くなってきたようです。お話ししたいことが次々と浮かび、なかなか話が尽きません。お付き合いくださった和尚さまに感謝です。

亡き方々を偲ぶとともに、今こうしてお会いし、言葉を交わせるご縁のありがたさも感じた、お彼岸の一日でした。