昨日、甥っ子たちが遊びに来てくれたことで、母はいつにも増して明るい表情を見せています。
甥っ子たちの訪問は、母にとって何よりの楽しみであり、元気のもとになったようです。家族が顔を合わせ、何気ない時間を一緒に過ごすことのありがたさを改めて感じました。
今日は午前中、近くのお宅へお盆の棚経に伺い、その足で岐阜市までお弔いに行ってきました。
セレモニーホールは、20年ほど前と比べると、ずいぶんこぢんまりとしてきました。家族葬が中心となり、葬送のあり方も少しずつ変化していることを、現場に立つたびに実感します。
岐阜市斎苑では、ホールの一つを納骨堂として活用する計画があり、市議会で審議される予定だと伺いました。
少子高齢化やお墓に対する考え方の変化に伴い、行政、寺院、民間事業者がそれぞれどのような役割を担っていくのか。これからの供養のあり方を、社会全体で考えていく時期に来ているのかもしれません。
その後は大源寺へ戻り、樹木葬会員のお宅の法事をお勤めしました。
大源寺の本堂は、小さなお寺には不釣り合いに思えるほど大きな建物です。曽祖母の代に建てられた本堂を、後の世代が維持していくことは、決して容易ではありません。
しかし私は、あえて逆に考えています。
「これだけの場所があるのだから、まだまだ新しいご縁をお迎えできる」
大きな本堂を負担として嘆くのではなく、人を迎え、供養し、新しいご縁を結ぶための器として生かしていきたいと思っています。
近所の方には、こんなことを話しました。
「若い頃にできなかった分、50歳からはしっかり働きたい」
過ぎた時間を取り戻すことはできません。しかし、これからの時間を何に使うかは、自分で決めることができます。
甥っ子たちが母を笑顔にしてくれ、私は外へ出てご供養のご縁をつないでいく。
大きな本堂も、見方を変えれば、多くの方をお迎えできる可能性になります。
忙しい一日でしたが、まだ働ける場所があり、待っていてくださる方があることを、ありがたく感じています。
