東京駅文京区湯島にある麟祥院へ行き、禅語録の勉強会に行ってきました。
駐車場に横田南嶺老師の車があり、隣に世田谷ナンバーの車が停まっていました。
ひょっとしてと思い、玄関に入っていくと、世田谷区の龍雲寺の細川和尚さまがいらっしゃりご挨拶をしました。

午後3時からおおよそ1時間半にわたって、駒沢大学の小川教授のご講義がありました。
前回に引き続き、「大慧普覚禅師宗門武庫」の慧安院というお寺に入寺する和尚さんの逸話でした。
修行を積んで悟りの境地に達したことと、お寺を維持経営して布教していくこととは別次元であると最近になって教わりました。「名選手必ずしも名監督ならず。」と30年前によく耳にしたものです。
小川教授のお話しで、横田南嶺老師は、「徳は積む。福は授かる。運はめぐってくる。」とおっしゃったようで、なるほどと思いました。
その後は、横田南嶺老師のご講義で、臨済禅師が翠峰和尚のところへ行ったとき、「キミのお師匠さんの黄檗禅師はどんな指導をされているんだね。」と聞かれて「その足跡はインドへ行ってしまった。」という珍妙なやり取りから始まりました。
区役所で生活保護の仕事をしていた時、傘を振り回すお婆さんが、「なんでここにお坊さんがいる。」と聞かれて、「あなたのような人がいるからだよ。」とチグハグな問答をしていたことを思い出しました。
黄檗禅師から引き継ぐ臨済禅師の指導は、今でいうスパルタ教育かつパワハラですが、どう解釈していくかによって後進への指導が異なるものです。
臨済録にあるような、額面通りの厳しい指導に手を焼いたものです。どう咀嚼していくかによって継承が異なってくるものです。
講義後、山本和尚さまに、「一昨日は松原哲明和尚さまの十七回忌でしたね。」とお話ししていました。

大学卒業後は縁がないと思っていた、東京にしょっちゅう出てきて禅語録を学ぶのは、20年前にできた松原哲明和尚さまとのご縁に由来します。松原和尚さまのご親戚の細川和尚さまに今日お会いしたのも、不思議な巡り合わせです。大学の先輩の松竹寛山老師がいらっしゃるのはここ強いです。
先日の神戸市の祥福寺での本葬儀でご一緒した和尚さまにお会いしました。
祥福寺から新神戸駅までのタクシーで、「お坊さんも指導者との相性によって違うんですね。イチロー選手は、仰木監督と出会ってから開花したけど、前任の監督のときは、干されていましたね。」と運転手さんが語っておられました。
いつまでもお慕いできる指導者を求めて、残りの住職人生を続けていきたいと思います。
