誰もが行きたくなるお寺

月刊住職を発行される興山舎から、「誰もが行きたくなるお寺33実践集」という本が届きました。

何と私のことが取り上げられており、びっくり仰天です。もちろん事前に通知がありました。
未来の住職塾の遠藤さんにインタビューを受けて、月刊住職に掲載されてこうして本にまで掲載されました。

私よりも活動されているご僧侶が、全国にいらっしゃいます。皆さまを存じ上げております。
刺激を得て、もっと進化していきたいと思います。

17年前は、妙心寺での高等布教講習会で夢破れ、「島崎藤村とか西条八十などの詩歌を使うからダメだよ。もう一度やり直しだよ。」と言われたものです。

何の主体性もなく、月に2回のお葬式の脇僧に使ってもらって、嫌われたら仕事はなくなります。心の薬を飲みながらで嫌な思いをしたものです。

「ぼくはね、君たちと同じで嫌われて指名されなくなると、仕事がなくなるよ。」と夜のお店でぼやいていたものです。

未来の住職塾へ行って、「自分のお寺をどのようなビジョンを持って経営していくか。」を学んで変わることができました。
「随所に主となる。」という臨済禅師のお言葉が次第にわかってきました。

いろんな墓地を造成するのも、お金儲けが目的ではなく、布教していくためなのです。そうすると、これまで批判していた和尚さんのお寺から、うちに移ってくることもありました。批判もあることでしょう。
その方は、「これまで、護持会費や本堂や庫裡の寄附もちゃんとしてきた。法事を欠かさず行い、施餓鬼も塔婆供養をお願いしてきた。これから先に、このやり方が続くことはないよ。これまで院号も付けてもらっていたけど、必要ないんだよ。」と言われて、その後にご夫婦の葬儀と納骨を行いました。

時代の変革期にあるから、こうした私のやり方が支持されたかもしれません。

私は20歳で住職になりましたが、40歳までは傀儡か奉公人であったものです。40歳を過ぎて主体性をもって布教できるようになりました。
蓮如上人は、40歳を過ぎてから本願寺の住職になられて、末代に続く教団を作られました。
私も少しでも模倣していって、後世に続くお寺にしていきたいと思います。