閑不徹

臨済宗妙心寺派管長の小倉宗俊老師の墨蹟の表装を終えて、床の間に掛けました。

 

519E4481-1DB5-409E-9BD6-F3B934DA0FD5

 

「閑不徹」と言う禅語です。あれこれと考えることなく、ただ静かであることを修行者に求めた言葉です。

住職になってから、心穏やかになったことはありませんでした。18年前、24歳になる年に晋山式をした時のことです。この部屋は、いまの管長さまと法務部長の和尚さまの控室でした。

「彼の力で、この小さなお寺の舵取りができるのか。どこかお金持ちの娘さんをもらえば、その実家が助けてくれるのではないか。」と語っておられました。

力も余裕もない時代があったことを思い出します。これからは、「閑不徹」と心穏やかに過ごして、安心をもたらしていきたいです。

樹木葬地をお知らせするために、リーフレットを作成しました。

 

F74181DD-AF88-421B-A885-D75DDB3CAA7A

炎天下で樹木がお疲れのようです。

消毒をして芝を刈る作業が終わったところです。

草木は水を求めています。平等に水が行き渡るように努めています。

43B3AC06-4F99-4105-A2C8-A21C47D62622 7E77F6BD-28C3-4EB6-A076-A11216E92EC0

大垣駅からの移動は、マイカーを使うことが多いのですが、久しぶりに路線バスを使って帰りました。

E23BAABE-CAE0-4048-89B4-C1F8312B20E3 BE4512BB-EC24-4CD1-B687-85391C42FFA8

門前のサルスベリ

門前のサルスベリはひっそりと咲いています。

 

BA6866DF-73E9-4E6C-88A5-D33A7A59D608

 

大源寺だよりの最新号の感想をいただきました。

「特別な修行をすることが必要かと思っていましたが、日常の生活の中に根ざしたことから取り組めばいいのですね。」というものです。

「庭前の柏樹子」という禅語を記事に書きました。サルスベリをのことと重ね合わせています。

集中豪雨や酷暑など暮らしに困る7月でした。

8月となり、早朝から施餓鬼のお参りに行きます。施餓鬼とは困っている霊に施して、自分の祖先への供養に向ける法要です。

「健康で文化的な最低限度の生活」というテレビドラマが放映されています。生活に困る人のお世話をすることは、きりのないことです。いつしか、自分がお世話になることがあるかもしれない。だから「少しでも親身になって行こう。」という心を求められているのではと思います。

 

5B815C4F-6CE4-4483-BF2C-93AFE9253BDD