どういう経緯か、床の間にお元気な老夫婦が並ぶ高砂という作品があります。

 

 

午前中に愛知県扶桑町まで行き、かつて仕事をご一緒した方のお宅へ行き、お父様の祥月命日のお参りをしてきました。

ご当主は仕事を完全に引退されて、静かな毎日を過ごされていました。いつまでもお元気にとお話しして、お宅を後にしました。

この高砂の人形のように、にこやかなお姿で過ごされることを願っております。

地元の教区内の花園大会(檀信徒大会)がありました。

愛媛県から巡教師さまをお迎えして、私は司会を務めさせていただきました。

配達にお越しになった男性が、親しく話しかけてこられました。

その方もお坊さんであられたのです。お互いにこの厳しいの時代を乗り越えていこうと語っておりました。

観音さまが、引き合わせてくださったようです。

教区内の住職研修会に参加してきました。3年ぶりの出席で、懐かしい人とあいさつを交わしていました。

「信心銘」という古い禅語録を読み解いて、現代の差別問題に焦点を当てる講義がありました。

難しい禅文学をどう現代の世相に説いて行くのか考えながら、お話しを聴いておりました。

地元近くの町営斎場に行った時の風景です。

六地蔵さんの真ん中に、南無阿弥陀仏という石碑がありました。その地域に伝わってきた風習であるようです。

炎天下のもとでは、樹木葬墓地に水まきを欠かせません。

先日、介護施設を経営される方が見学にお越しになりました。一昔前はお墓のことまで関わることはなかったのでしょうが、今では相談されることが多くなってきたようです。

予想することのなかったお客様をお迎えして、時代の流れを感じていました。

真夏に戻ったような暑い一日でした。観音さまも汗をかいておられるのではと、タオルで御身を拭かせていただきました。

 

観音さまの足元には、故人が多く眠っておられます。故人方も喉を乾かしておられるのではと案じています。

名古屋市まで年忌法要のお参りに行ってから、千種区にある大林寺にお参りに行きました。

こちらのご住職は同郷であり、幼い頃からお世話になっていました。

ご住職はご不在でしたが、お庫裡さまがご対応くださり感謝しております。

 

 

ご近所には黄檗宗のお寺や曹洞宗の尼僧堂(女性僧侶の修行道場)がありました。静かな空間が広がっているようでした。

本堂で年忌法要がありました。今年になって何回目かわからなくなるほど、本堂での法事が増えました。

 

 

最近になって気づいたのですが、法事を行なうスペースがあるから、うちのお寺を選択されるご家庭もあるようです、

先人から継承されてきた建造物を、このお寺の護持運営に活かしております。

今日お見えになった方は、30キロの道のりをお越しくださいました。時々お墓参りに来られます。引き寄せる不思議な縁があるようです。

高校時代の恩師に、大源寺だよりをお送りしたところ、ありがたいとお手紙をいただきました。

 

 

集団行動が苦手な私は、先生がたに手を焼かせる生徒でした。高校2年3年とお世話になった先生は、否定することなく励まして伸ばしてくださいました。

手を焼かせた先生から、このようなお手紙をいただくのは、ただ恐縮する思いです。