月に1度の无名会という法話の会で、神戸市の祥福寺の木村太邦老師の講義をお聴きしてきました。
臨済宗の宗祖である臨済禅師の語録である「臨済録」の解説です。
冒頭の箇所にある「師匠はどこで誰に教わってきましたか。」という弟子の問いに、臨済禅師は「私は黄檗禅師のもとで3回叩かれて教わってきた。」と答えます。
その後に「弟子がキョトンとする間に、カーツと言って叩いた。そんな質問はムダなことだよ。」というストーリーをどう読み解くかです。
木村老師は、「黄檗禅師に3回叩かれたことによって、今の自分がある。弟子にも自分で考えてもらいたい。」という願いを伝えたかったと解かれました。
私も入門したばかりの頃、余計なことを言って叱られたものです。住職になってから、理由を知ったものです。
自分の僧侶人生と重ね合わせながら臨済録を読むと、味わい深いものになるのかもしれません。
帰り道で、名古屋の地下街の階段で、女子高生が2人地べたに座って、道をふさいでいました。スマホで自撮りして、自分たちの世界に入っているようです。
臨済禅師のようにカーツと言っては、効果はありません。「あなたたち、ここで座っていては迷惑だよ。もっと広いベンチへ行きなさい。」と注意をしました。素直に「ありがとう。」と言って移動したのを見届けて、その場を後にしました。
「自分も若い頃に、マナーを知らずに叱られたから、放ってはいけない。」という心境は、宗祖に近いのかと思いつつ電車に乗ったところです。