精神科への訪問

精神科のある病院へ訪問に行きました。
病院へ入ると、独特の雰囲気が漂っております。外部のものを寄せつけないカーテンがあるかのようです。この先どうなるかという不安というものが伝わってきました。
病院職員の方とお話しすると、「無財の七施」という、金銭に換えられない施し「布施行」が見えてきました。「和顔施(わげんせ ) にこやかな笑顔でのコミュニケーション」や「言辞施(ごんじせ) 優しい言葉でのコミュニケーション」を実践しておられました。
言葉では表しきれない「不立文字」の実践現場を見させていただきました。

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グリーフケア


大切な人やものを亡くした悲しみをグリーフと言います。お坊さんの役割は、故人の霊前でお経をあげて追善法要を行なうことが常識となっています。本来は、悲しみを分かち合い安心へともたらすべきなのです。

名古屋市熱田区にある、曹洞宗の法持寺での「グリーフケアのつどい」に住職が参加しました。衆生に安心をもたらすお釈迦さまの教えをいかに実践するかを、宗派を超えたお坊さんが集合して学びました。

 

お釈迦さまが涅槃に入られた2月15日から1週間が経過しました。お弟子さんが口伝して継承し、文字にして経典となり、現代では実践を学んでおります。

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大麦小麦 二升五合

「経陀羅尼は文字にあらず。一切衆生の本心なり。」とは、京都の東福寺開山の聖一国師のお言葉です。
昔、あるお婆さんが、「大麦小麦 二升五合。」といつもお唱えすることが健康維持の方法であったようです。
それを聞いた、近所のお寺の和尚さんが、「それは違うよ。応無所住 而生其心 (おうむしょじゅう にしょうごうしん )と言って、住むところなくして、その心を生ず。すなわち空の心だよ。」と教えたところ、お婆さんの体調は悪くなったようです。

経文には、漢訳されたときの意味も大切ですが、そのリズムも大切なのです。

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大円鏡智

鐘楼の裏側に、丸い石が2つあります。
30年前は玄関の前にあり、毎日踏んでおりました。
「いい石を踏むと不幸が続く。」とのご指摘をいただき、庭の隅に移動しました。
30年の間、丸い石が鏡のように、ずっとお寺を映し出してきたようです。
仏教の教えに「四智」という智慧があります。その1つに「大円鏡智」と言って、とらわれの心を静めて、鏡に映るように物事を映し出す智慧があります。
境内の片隅で、お寺のエピソードを映し出していたようです。

「白隠禅師坐禅和讃」に「四智円明の月さえん」というくだりがあります。鏡に映し出すようにとらわれの心を静れば、お月さまのように、きれいな光を発することができるのかもしれません。

 

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調和すること。

鐘楼の修復の件でお世話になった設計士さんが、お見えになりました。

補修すべきところ保存すべきところをご指摘くださり、大いに感謝しております。

明治40年に建立した庫裏は、当時の人の智慧により、今でも活用されています。

設計士の先生は、安易に新築するのではなく、技術を継承していくことを進言していかれました。

「松に古今の色なく、竹に上下の節あり」という禅語があります。100年以上経過しても、維持することができるのは、松や竹のように、柱や梁が調和しているからなのです。

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十牛図


昨日、禅の修行は、「不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏」と言って、文字によらない対面のコミュニケーションによるもので継承されるものとお伝えしました。

「十牛図」という、禅の修行の過程を絵にしたものがあります。その第二幕は「見跡(けんせき)」と言います。

仏さまと同じような清浄な心になろうとする青年は、仏さまの象徴である牛の足跡を追い続けます。青年は、牛の足跡を見つけるところまでたどり着きました。まだ発見することはできません。

牛を発見することすなわち仏心に近づくことは、知識ばかりでなく言葉にすることが難しい智慧も要します。

日々の何気ないことから真実が見えてくることもあります。「渓声すなわちこれ広長舌」と、川のせせらぎから仏さまの心を読み取ることができる古人もおられたのです。青年を自己に重ね合わせて読み解いていくと、より解釈が深まっていきます。

 

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禅林句集

禅の修行とは「不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏」と言って、文字によらない対面のコミュニケーションによる、師匠から弟子への継承が基本とされます。
日々の積み重ねから見えてくる境涯というものがありますが、その境涯を言語化したものが禅語です。毎日の暮らしの備忘録なのです。

禅林句集という本を手にとっておりました。そのなかに、「雲 剣閣を遮る三千里。水 瞿塘を隔つ十二峰。」という禅語を見つけました。「雲が険しい山を広く遮り、水が堤防をおびやかすほどである。」という解釈です。「雄大な景色のなかにたたずむように、いまここに生きていることのありがたさを感じること。」を教え諭してくれる禅語です。

手にとって読み進めていくと、自ずと戒めをもたらしてくれます。

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棟札の写真を発見しました、

image本堂の大修復を開始したのは、平成11年のことです。
地盤が弱く屋根も傷んでいたので、ジャッキアップして杭を打ち込み、屋根板や瓦も換える大工事でした。
その工事のおりに撮影された、昭和15年に竣工したときの棟札の写真があります。
当時の住職は戦争に出征しており、実母が発願主となって工事が進められました。

竣工して76年たち修復して16年たちますが、ご寄進くださった皆さまやご縁のある皆さまのお役に立っているかというと疑問です。杭を打ち込んで耐性を高めたように、皆さまの信心を深めていかなければ、古人の意志は無駄になってしまいます。
「一超直入如来地(いっちょうじきにゅうにょらいち)という禅語があります。杭を打ち込むように根気強さを持って、信仰を深める場であり続けたいものです。

余寒の候

三日前は20度を超えるほどの気温でしたが、今朝は雪が伽藍を覆うほどの寒さです。

気温差により体調がすぐれなくなることがあります。インフルエンザが蔓延しております。皆さまご注意ください。

「紅炉上一点の雪 」という禅語があります。真っ赤な火のもとにかかる炉があって、その上に雪が降ってきても溶けてしまいます。「雪が降ろうと、熱い炉のような強い信念があれば前に進むことができる。」という教えです。

もう少しで暖かくなります。寒さを乗り切ってくださればと考えております。image

花の下にて

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「願はくは花の下にて春死なむ。そのきさらぎの望月の頃。」とは、平安時代末期の西行法師が詠まれた歌です。

この歌にある花とは、桜ではなく梅のようです。きさらぎというのは二月のことで、望月の頃というのはお釈迦さまがお亡くなりになった十五日のことを言います。

西行法師は、今でいう出世コースを歩まれていたのですが、失恋の傷みもあり出家されました。

人情の機微を知る方であったからこそ、お釈迦さまのような安らかな人生の閉じ方を望まれたのでしょう。

どんな困難があっても生きながらえる梅のように、最期まで生きていきたいと思われたのかもしれません。