花園大学へ行き、横田南嶺老師の夢中問答集の講義を受講してきました。
講堂に入って、レジュメや小冊子を拝見していると、横田老師が入って来られてお声をかけてくださいました。
横田老師の講義は、いつも以上に聴衆が多いですね。横田老師のお弟子さんの華山寺の九鬼和尚さまもお見えになっていました。
横田老師自らがイス坐禅指導をしてくださいました。雲水の時は痩せ我慢の坐禅でしたが、ようやく安心の境地が見えてきたような気持ちになりました。
夢中問答集では、3つの慈悲があると説かれています。細かい記述は控えますが、「してあげようとか施す気持ちでいるのは、本当の慈悲ではない」と夢窓国師は説かれたようです。
してあげたからと見返りを求めるのは、仏教の慈悲の教えとずれてくるようです。
夢窓国師は、最初は真言宗の教えを学んでおられたようです。加持祈祷への記述もあります。
私は区役所勤務をしていた時、「○○さん。頭痛治った? ぼくが祈祷しておいたよ。」「ウソ 祈祷してない。」とか「○○ちゃん。風邪治った。ボクが祈祷した甲斐があったね。」「おかげさまで治りました。」とか「雨が降るとお客さんが少なくなるからいい。」とのお言葉に「ボクが雨乞いの儀式をしておきますよ。」などと、軽いやり取りをしていたものです。
真言宗のお寺では護摩木を焚いて、火が上がって加持祈祷をします。臨済宗のお寺では、香炉で焼香をして護摩木を焚いているような仕草をします。必死になって火を焚くのは、カマドに薪を入れて煮炊きをする時くらいでしょうか。
大日如来に近づいて安心を導いていくか、あるいは坐禅をして自分の心の中に仏様のような慈悲の心があるのか、そのような違いが宗派によって異なるようです。
私もこれから加持祈祷をすることがありますが、仏様の世界に近づいて、自分だけでなく多くの人に慈悲の心をもたらしていくように説いていきたいと思います。
50歳を前にして、ようやく仏教の安心に近づいていると思います。横田老師に感謝しております。
