昨日お聴きした横田南嶺老師のお話しを思い出しました。
恵信僧都が、お寺の敷地内に降りてきたので、棒で鹿を叩いたというお話しが伝わっているようです。
お弟子さんが、「なんとひどいことを」とお師匠さんをたしなめたようです。
恵信僧都は、「人里に降りて来ては、いつ弓で射られるかわからないではないか。きちんと叱るのが慈悲である。」とおっしゃったようです。

私などは甘々過ぎて、叱ることなどは難しいことです。甥っ子2人が賽銭箱の中身を見たいというと、「お父さん怒るぞ。」と言って見せています。
前屈みで肘をついて食事をする癖は、我が家の家風です。これは、注意しています。

将来のことを思いやって、見返りを求めないのが慈悲であると改めて思いました。

慈悲

昨日お聴きした横田南嶺老師のお話しを思い出しました。
恵信僧都が、お寺の敷地内に降りてきたので、棒で鹿を叩いたというお話しが伝わっているようです。
お弟子さんが、「なんとひどいことを」とお師匠さんをたしなめたようです。
恵信僧都は、「人里に降りて来ては、いつ弓で射られるかわからないではないか。きちんとし叱るのが慈悲である。」とおっしゃったようです。

私などは甘々過ぎて、叱ることなどは難しいことです。甥っ子2人が賽銭箱の中身を見たいというと、「お父さん怒るぞ。」と言って見せています。
前屈みで肘をついて食事をする癖は、我が家の家風です。これは、注意しています。

将来のことを思いやって、見返りを求めないのが慈悲であると改めて思いました。

横田南嶺老師の講義

花園大学へ行き、横田南嶺老師の夢中問答集の講義を受講してきました。

講堂に入って、レジュメや小冊子を拝見していると、横田老師が入って来られてお声をかけてくださいました。

横田老師の講義は、いつも以上に聴衆が多いですね。横田老師のお弟子さんの華山寺の九鬼和尚さまもお見えになっていました。

横田老師自らがイス坐禅指導をしてくださいました。雲水の時は痩せ我慢の坐禅でしたが、ようやく安心の境地が見えてきたような気持ちになりました。

夢中問答集では、3つの慈悲があると説かれています。細かい記述は控えますが、「してあげようとか施す気持ちでいるのは、本当の慈悲ではない」と夢窓国師は説かれたようです。

してあげたからと見返りを求めるのは、仏教の慈悲の教えとずれてくるようです。

夢窓国師は、最初は真言宗の教えを学んでおられたようです。加持祈祷への記述もあります。
私は区役所勤務をしていた時、「○○さん。頭痛治った? ぼくが祈祷しておいたよ。」「ウソ 祈祷してない。」とか「○○ちゃん。風邪治った。ボクが祈祷した甲斐があったね。」「おかげさまで治りました。」とか「雨が降るとお客さんが少なくなるからいい。」とのお言葉に「ボクが雨乞いの儀式をしておきますよ。」などと、軽いやり取りをしていたものです。

真言宗のお寺では護摩木を焚いて、火が上がって加持祈祷をします。臨済宗のお寺では、香炉で焼香をして護摩木を焚いているような仕草をします。必死になって火を焚くのは、カマドに薪を入れて煮炊きをする時くらいでしょうか。

大日如来に近づいて安心を導いていくか、あるいは坐禅をして自分の心の中に仏様のような慈悲の心があるのか、そのような違いが宗派によって異なるようです。

私もこれから加持祈祷をすることがありますが、仏様の世界に近づいて、自分だけでなく多くの人に慈悲の心をもたらしていくように説いていきたいと思います。

50歳を前にして、ようやく仏教の安心に近づいていると思います。横田老師に感謝しております。

突然のお客様

夕暮れ時に水まきと草取りをしていました。
午後3時頃、半袖短パンで休憩していると、お客様がお越しになりました。
お墓の相談ということで、すぐに応接間にお通ししてお話しを伺いました。
1時間ほどお話ししてお帰りになりました。

最近は突然のお客様がお越しになります。以前でしたら、対応は難しかったかもしれませんが、お寺に常駐しているからできることです。

甥っ子が、「おじさん。おばあちゃんと2人で住んでいて、なんでこんなに家が大きいの?」と尋ねます。「お寺はね。いつお客さまがお越しになってもいいように客間を作っておくんだよ。」と説明をしました。
「キミが大きくなったら、このお寺に入りなさい。」と言おうとしましたが、親からのクレームが必至ですので、喉まで出て抑えました。

禅桂寺

大垣駅の近くの禅桂寺の施餓鬼会に参列してきました。
こちらのお寺は、父と祖父が他界した39年前からお参りしています。引率の祖母が、こちらの檀家さんの靴を間違えて履いて帰ったりで、祖父の叙勲で皇居に参内したことを誇りに思っていた祖母にとっては、凋落を感じていたようです。

こちらの先代の寺本義雄和尚さまにはお世話になり、弟と一緒に行った時はマカデミアンナッツをくださったことを兄弟で覚えています。

平成時代には遅く行くと車を止めるスペースもありませんでしたが、今日はゆったりと駐車しました。
うちもそうでしたが、栄枯盛衰は繰り返します。こちらのお寺の近所の方は、「戒律を破ったからバチが当たった。」などと心ないことをおっしゃいますが、この世のすべてのことは「原因があって結果がある。」ということを、これからは伝道していくべきであると思います。

施餓鬼法要は、恵まれない人に施して、その恩徳が父母に向かうように願う法要であることを、改めて伝えていきたいと思います。

午後からは本堂で四十九日法要と納骨の儀式でした。ご遠方から改葬されたお父さんの三十七回忌に当たる年であることに、私が気づいて合わせて回向させていただきました。
15人のご参列は、今の時代は多いですね。お孫さんが多くいらっしゃるようです。
こうして、新しいご縁が広がっていくのはありがたいことです。

14年前に、寺院経営セミナーに参加した時はオロオロでした。「うちは檀家10軒で、兼業でやっています。」と正直にスピーチしたら、「頑張りなさいよ。」と同情されました。
その時ご一緒した臨済宗の先達が、「年間10軒新規のお客さんを増やして行かないと、成り立たないいんだよ。」と教えてくださいました。途方もないことで、祖母は口あんぐりで、「横着なことをするとご本山から叱られる。」とたしなめたものです。
同じような方向を歩むことになるとは不思議なものです。

投票所

近くの幼児園で、参議院議員選挙の投票に行ってきました。
国政選挙に出ると、個人的なことまで週刊誌やネットで取り上げられるから、命懸けですね。家族や親戚まで影響が及びます。

先日、週刊○○から電話がありました。「何か悪いことしたかな?」と思い通話していると、「お墓の広告を出しませんか。」というオファーで、婉曲にご辞退しました。

投票所に行くと、知らないおじさんが私をじろっと見てきます。私がご挨拶して、お相手も挨拶してくださいました。
こちらが存じ上げなくても、お相手はよくご存じのことがあります。「お天道さまが見てござる。」ですね。

ナイター水まき

日が暮れる頃に水まきをしていました。
雨が降り続きましたが、今日は一日炎天下でした。午後6時でも暑いので、夕食の終わった午後7時過ぎに水まきと草取りをしました。

ライトを設置して、ナイター水まきが可能です。この光が光明となって樹木を照らしています。

生活保護受給者の葬儀

午後からは、名古屋市で生活保護受給者の葬儀を行いました。
8人ほど参列されていました。こちらでお経を上げるようになって12年経ちます。
供養する気持ちは薄らいでいないのですが、世間体に重きを置くことは少なくなってきたようです。
40年前の父の葬儀の時は、会ったこともない伯父や遠縁の親戚が参列されてびっくりしました。お通夜のお菓子がないとか、家族の構成をヒソヒソ小声で言われて、ありがた迷惑なものでした。

大きなお葬式を否定しませんが、知らない遠縁の人がやって来て、嫌な思いをしたことを思い出すと、こじんまりとしたお見送りの方がゆったりとして、構成の記憶に残すことができます。

料理屋での法事

午前中は北方町の料理屋さんで法事がありました。
料理屋さんで法事を終えてから会席という流れは、うまくできたシステムです。うちでも取り入れられそうです。
山頭火と署名された額がありました。

35分お経をお読みして、ご焼香の流れです。エアコンの下に香炉があって、もう少し位置を替えてもと思いましたが、クレーマー和尚と思われてもいけませんから黙っていました。

仏具の位置や線香の立て方が宗派によって異なります。覚えていくのは時間がかかることですね。