不活動宗教法人

昨日の中日新聞に不活動宗教法人のことが取り上げられていました。

後継者不足のことばかり原因にされることが多いのですが、「そのうちなんとかなるだろう。」と往年の歌詞のように悠然と構えていたこともこの現状につながったのではと思います。

今では宗教法人の預金口座を新規で作成するにも登記簿謄本ばかりでなく、活動実態を証明するものを要求されます。私は大源寺だよりを提出して通りました。

若かりし頃、岐阜県庁に行った時、「うちは不活動宗教法人にならないか心配です。」と職員に尋ねたところ、「桑海さん。こうしてここに来てる住職がいるのに、不活動宗教法人になりませんよ。」と笑われたものです。

悪用しようとする人もいますし、かと言って守っていこうとする人もいます。
住職になった28年前に、妙心寺の塔頭の和尚さんが「キミがこれからやって行こうとするのは遅い。子どもの頃から小僧に出ないとお寺は守れなかったよ。」と今でも理解できないことをおっしゃったものです。

ようは、宗教法人を後世に継承していくには、人の心が大切なのです。「大いなるかな心や。」と栄西禅師はおっしゃったものです。
また、宗教界は宗教者が主導していくものですが、社会財である宗教法人は、宗教者以外の専門家に右腕になっていただかないと成り立たないものです。

このバランスが難しいですが、中道を歩むところですね。

公開講座

花園大学の公開講座に出席して、関守研悟和尚さまのご講義を聴聞してきました。
関守和尚さまは、17年前の妙心寺での高等布教講習会でご一緒して、原稿作成の時間は向かい合わせの机で学ばせていただきました。

 

 

講義の冒頭から、ギターを用いて歌われて度肝を抜かれました。聴衆から拍手が湧き起こるほどでした。

講義は、関守和尚さまのお師匠さんの河野太通老師から10年前に拝聴して、今は岩村宗昂老師から講義を受けている十牛図をわかりやすく説明してくださいました。

河野太通老師や木村太邦老師のお言葉を聴いて、思いが伝わってきました。

最後にお釈迦さまを讃える歌をお聴きして、胸がジーンときました。
浄土真宗のお寺へお参りすると、仏教讃歌を門徒さんが歌われて、坊守さんがピアノ伴奏されています。そのように信仰を深める歌は胸が熱くなります。

河野太通老師の「勉学をしていることが生きがいではないか。」というお言葉を聞いて嬉しくなりました。名古屋の政秀寺で河野太通老師のお話しを聴聞するようになって19年経ちます。
この間に心の病もあり苦戦しましたが、十牛図のように元の所に戻ってきたわけです。

岩村宗昂老師の十牛図の先日の講義は、「見牛」で牛の尻尾を見つけるところでした。牛の尻尾を見つけて頓挫した私ですが、また牛を求めていきたいと思います。

ありがたいご縁に感謝しております。

掃除でわかる道心

日が暮れてから、樹木葬墓地の掃除をしていました。
桜やもみじの葉がたくさん落ちています。すぐに竹蓑がいっぱいになりました。
岩村宗昂老師は、雲水が掃除をきっちりとするかどうかで、道心がわかるとおっしゃいました。私などは、雲水の頃は手抜き掃除でよく叱られたものです。

50歳を前に掃除をきっちりするのは、道心が深まったのか必要に迫られたのかわかりません。日が暮れてから掃除をしていては、僧堂のような集団生活には向きませんね。

慈雲寺

30年近い法友の橋本尚宗和尚が入寺された、知多市の慈雲寺までお参りに行きました。

 

 

こちらのお寺は知多四国72番札所ということで、大興寺から3.3kmの道のりをお遍路さんの真似をして歩いて進みました。
お寺に入ると壮大な建物にビックリしました。橋本和尚がご案内くださり、広々とした伽藍を拝見しました。

 

 

こちらのお寺は夢窓疎石国師が勧請開山であり、700年近い歴史が積み上げてきた歴史遺産を感じました。

同じ臨済宗妙心寺派でも、地域によって本堂の荘厳は異なるものです。岐阜県出身の橋本和尚が、「郷に入りては郷に従え。」と形は変わっても、臨済宗の教えをつないでおられました。

大興寺

知多市の大興寺をお参りさせていただきました。
地名にもなり、地域住民に親しまれている大きなお寺でした。

 

檀家さんの世話役さんが、灯籠祭りの後片付けをされていました。檀家さんあってのお寺の見本を拝見しました。

坂村真民先生の詩を記したお地蔵さまに手を合わせて、お寺を後にしました。

十牛図 見牛

名古屋の栄にある政秀寺に行き、神戸市の祥福寺の岩村宗昂老師の提唱を聴聞してきました。
十牛図の第三にある「見牛」の章を噛み砕いて説明してくださいました。
自分の仏心や仏性を象徴する牛がどこにいるのか探し回る主人公が、ようやく牛の尻尾を発見するというストーリーを、譬え話を入れてわかりやすく伝えてくださいました。

 

 

唐の時代の禅僧である香厳智閑禅師が、道を掃除している間に瓦礫が竹に当たり、その響きを聞いて自分の心の仏心や仏性に気がついたという逸話を紹介してくださいました。

私は祖師の経験に遠く及びませんが、今から14年前に政秀寺の近くにある区役所の生活保護係に勤務していた時のことを思い出しました。
お客さんが、「オレが65歳で年金を受け取る前に死んだら、お前はどうしてくれる。」と禅問答のような質問をしかけてきました。私はとっさに「お経を読みますよ。」とお答えすると、にっこり笑っておられたものです。

公私混同と批判される回答ですが、そんなことから、自分の心の中に、牛の尻尾のような仏心や仏性がうっすらと見えてきたものです。

最後の方で、岩村老師は、「この世の極楽や地獄は自分の心の中のものである。」と説かれました。私は若かりし頃、「あなたは欲が深いから極楽へ行けない。」と区役所でお世話になった初老の男性に冗談で言ったものですが、これは仏教本来の教えからずれています。
極楽や地獄は本人の心で作り出すものであると、気づかされました。

講義の前後に、控室で老師と世間話をしていました。若かりし頃は、参禅(禅問答)の時以外に老師と対面でお話しするのことはありませんでした。歳を重ねて、牛の尻尾のような仏心や仏性が見えてきたから、老師とお話しすることができるようになったかもしれません。

お寺へ帰ると、母が「今日はどこの老師さんのお話しを聴いてきたの?」と尋ねてきます。あまりに多くの老師さんのお話しを聴くので、母は老師さんのお名前が覚えきれないようです。

サルスベリ

夕方の鐘を鳴らしていると、サルスベリが目に入ってきました。
桜ほどの華やかさはありませんが、3か月にわたって咲いています。
私も華やかさはありませんが、30年近く住職をしております。

仏事のご依頼がありました。お名前を聞いて、「浩宮さまの浩ですね。」と申し上げて、伝わりました。
浩宮さまというお名前が出てくるだけ、歳を重ねた証拠です。平成生まれの人はご存じないことでしょう。

万博会場

万博会場までやって来ました。カンボジアのパビリオンに入ると仏陀のお姿がありました。

昔懐かしのガンダム像まであり、気持ちが若くなります。

賽銭箱

本堂にある賽銭箱です。祖父母の頃から、本堂の正面ではなく向かって左側に置くので、わかりにくいようです。

小学生の甥は、すぐに見つけて、開示請求をしてきます。
塗り直そうかとも思いましたが、この古さがいいと、100年以上にわたって本堂に安置していきます。

同級生のご縁

お彼岸のお中日の午前中に、同じ神戸町のお宅の三回忌の法要がありました。
こちらのお宅は、2年前にお越しになってご相談を受けました。どこかでお会いした方だと思っていたら、中学校の時の同級生でした。動きが悪くて、よく先生に叱られていたのに、近所で葬儀があると早退して葬儀に法衣で参列するという、今でいう宗教二世というもので、覚えておられたようです。

2年前にお父さんのお葬式から、三回忌までトラブルなく時間が経ってホッとしています。「彼岸のお中日は昼の長さと夜の長さが同じとされて、仏様の世界が近づくとされる日です。その日に三回忌をされて、お父さまに近いところからメッセージを送ることができます。」とお話ししました。

同級生は役場勤務で、息子さんは近所のコンビニ勤務で、近すぎて横着なことはできません。