時期を逸したもの

ゆったりと庭の掃除をしています。
柿を収穫するタイミングを逸したようで、熟れている柿が多くあります。

彼岸花が彼岸から2週間経って咲いています。こちらも住職と同じようにタイミングを逸しているようです。

昨日、東京へ行って、臨済録という語録の勉強会に参加してきたお話しをしました。「私も若く見えても、来年に50歳になって、法話の勉強をするのはタイミングを逸していますよ。でもお墓でご縁のできた新しい信者さんに、仏法を説いていくには、法話の勉強が必要なのですよ。」とお話ししておりました。

タイミングを逸しても、信念を通していくのが大切であるようです。新しい信者さんに、「和尚は要領は悪いけど、必死に説明してくれる。」と思ってくだされば幸いです。

臨済録勉強会

東京都文京区湯島にある麟祥院まで行き、臨済録を読み解く勉強会に参加してきました。

 

こちらの勉強会があることは、風の便りに聞いておりましたが、お仲間に入れていただくのは勇気がいるものです。
19年前からお世話になる、平林寺の松竹寛山老師にお願いして、メンバーに加えていただきました。

駒沢大学の小川隆先生と、円覚寺の横田南嶺老師のご講義で2時間半お聴きしました。
臨済録は19年前の妙心寺での高等布教講習会で拝読しました。こちらは、禅門の修行をした者でないとわからないことが多くあります。けなしているようで褒めている箇所が多くあり、20代の若者ではわからないものです。論理的思考では読み進められない臨済禅師の教えを、自分の修行の体験を通して読み解くことが大切なのです。

小川先生も横田老師もご理解が深く、メモを取りながらじっくり聴いておりました。毎月講義があるので、張り切って出席させていただきます。

 

 

Facebookでつながっている並木和尚さまと河又和尚さまにご挨拶できました。どこでつながっているのかわからないのが、この世界です。

麟祥院の矢野老師さまにご挨拶しました。横田老師がお帰りになる時、玄関でご挨拶しました。松竹老師が、「桑海くん。ところでなんで南嶺老師を知ってるの。」と聞かれて、「私は管長猊下(横田南嶺老師)の追っかけをしております。」とお答えしました。

19年前から2年間、東京都世田谷区野沢にある龍源寺で、松原哲明和尚さまの法話勉強会があり、参加していました。松竹寛山老師が東京禅センターの主任としておられて、山本和尚さまが司会をされていました。
地元では、私が東京に出て行くことを快く思われず、圧力をかけられたものです。嫌になって、区役所勤務をしていました。

こうして、再び東京で法話のことを学ぶのは、多くのご縁のお導きがあり、復帰することができました。

懇親会で、松原哲明和尚さまに、「桑海くん動きなさい。老師さんは動かせてちゃダメだよ。」と叱られた思い出話をしていました。

森清範和上のご法話

車で1時間ほどかけて40kmの道を進み、三重県いなべ市にある聖宝寺にお参りさせていただきました。
こちらのお寺で、京都市の清水寺の森清範和上がお越しになってご法話をされることを知り、中井 泰山ご住職に私も聴聞させていただいてもよいかとお尋ねしたら、快諾をいただき喜んで向かいました。

 

 

本堂へ上がると、聴衆が多くて満堂になっていて、空いている席を探して座りました。般若心経と延命十句観音経をお読みして、森清範和上をお迎えしました。

森和上は、年末になると、今年の一文字を揮毫されるので、高尚なお話しをされるとイメージしていたのですが、庶民的な目線でお話しをされて、わかりやすいお話しで聴衆の心をつかんでおられました。

心こそがこの世界を変えると、「万法唯識」のお話しをお聴きしてハッとしました。臨済宗では、「大いなるかな心や。」と栄西禅師が説かれましたが、心の重みを感じることができました。

 

 

帰り際に、中井ご住職にご挨拶して、聖宝寺さまとうちのお寺の法縁が深いこと、私が修行した犬山市の瑞泉寺の隣の塔頭寺院のご住職と同宿であられたこと、うちの近所のお寺のご住職が手伝いに来られていたことをお話ししてご縁の深さを感じておりました。そして、日本大学の先輩でもあり、思わぬところにご縁の深い和尚さまがいらっしゃいます。

思わぬご縁のありがたみを感じるのがお寺の世界ですね。

西濃仏教会

明日に迫った、西濃仏教会の文化講演会の前日の準備に、真宗大谷派大垣別院まで行って来ました。
浄土真宗のご住職が多数いらっしゃる中、徳秀寺の横関和尚さまがお越しになり心強く感じました。

「若い人こちらへ来て手伝ってください。」と言われて、中年を過ぎても比較的若い、私と横関和尚さまが向かいました。

明日はジェシー 釋萌海先生がお越しになり、ご講演をいただきます。楽しみにしており、信仰を深められると期待しております。

岐阜県仏教会 各宗派代表者会議

地元の神戸町仏教会の会長を拝命すると、これほどまで出張が多くなるものかと驚く毎日です。
岐阜市の西別院で、各宗派代表者会議があり出席させていただきました。
浄土真宗のお寺のご住職が多い中、臨済宗や曹洞宗や黄檗宗など禅門の和尚さまがいらっしゃると心強いものです。珠泉院の松久ご住職とご師父が参加されていて、ご挨拶しました。

 

 

各宗派の代表者のご挨拶をお聴きしました。奈良の薬師寺の村上太胤前管主が挨拶をされて、以前に各務原市の住宅街にお参りに行っていた時に、薬師寺の前で手を合わせたことを思い出しました。
皆さまが、後継者不足や人口減のことを心配されていました。

その後、小笠原内科の小笠原文雄先生のご講演がありました。会場の後列に、女性の看護師さんが20人も控えておられて、総回診のような光景でした。小笠原先生は、浄土真宗のお寺のご住職をされながら、阿弥陀さまの無量寿のような無限の力で、在宅医療や緩和ケアをされて多くの患者さまに安心をもたらしておられます。
お話しはわかりやすく、すっと耳に入るお話しでした。私が母の通院について行くと、通り一遍の話ししかなく、薬を出すか入院を勧めるかというパターンになることが多いものです。

 

 

小笠原先生は、橋田壽賀子さんとの対談で、「橋田さんの壽は永遠の命ですよ。」と伝えられたようです。母方の祖母は寿照と言いましたが、祖母から永遠の命を受け継いでいると感じました。

最後のほうのスライドで、円覚寺の足立大進前管長の「病気を診ずして、病人を診よ。」という墨蹟がありました。通り一遍に病気を分析するのではなく、病人の人となりを診ていただきたいものです。

小笠原先生のご講演をお聴きして感激しました。帰り際に小笠原先生にご挨拶して、「母の時はよろしくお願いいたします。」とお願いしました。

私が生まれてから、僧侶としての信念や宗教観で社会貢献していくという発想はあまりなく、二足の草鞋が正しいとされて、平日は役所勤務で、休日だけ僧衣をまとうことが多くありました。
今でいう二刀流と言えばカッコいいのですが、2つの役割につながりはあまりありませんでした。
小笠原先生の強い思いは、いま現在ばかりでなく未来にも受け継がれていくことでしょう。

 

神無月

今日から10月で、神無月と呼ばれる月になります。
40年前は父の死があり、神や仏もないと嘆いたものですが、元気で過ごしているのは神仏のご加護があるからです。

そうは言っても、ご加護を言葉にして伝えていくのは難しいことです。自分の経験を活かして、どう説いていくのかは長年の積み重ねばかりでなく、センスもあるでしょう。

昨日、花園大学を出て、大覚寺へ行くにはどうしたらいいのか考えていると、偶然にも大覚寺行きのバスが来て、運良く大覚寺まで辿り着きました。

大覚寺へ入って、広い伽藍を歩いていました。1200年の歴史があり、あちこちから仏様の心が伝わってきました。

1時間もかけて般若心経を写経をして、仏様への信仰を深めることができました。

若い頃は走り回っていないといけないという強迫観念がありましたが、50歳を前にゆったりと仏様の教えが伝わってくるようです。

この10月は、神有月と感謝を感じる月になりそうです。