忙しい一日

午前中は、愛知県江南市までお参りに行きました。うちのお寺の総代さんのお兄さんで、私より干支3回り上の方です。
大阪府の方から息子さん一家はお越しになっていました。
皆さまの心配ごとは、葬儀のことです。事前見積もりをされるか、お寺での葬儀をお勧めしました。

今はお坊さんが相談窓口となってきました。

午後からは、お寺で初縁のお宅の四十九日法要と納骨でした。
安心してお帰りになりました。

お墓を始めた頃はオロオロしたこともありましたが、落ち着いてご案内しております。
20歳で住職になりましたが、20代30代では人徳などではなく、両親や祖父母の七光りでやっていたものです。

「若いうちからお墓を始めなくてよかった。歳を重ねてからでよかった。」と振り返っています。

大垣市立図書館

大垣市立図書館へ行き、古い地図を調査してきました。
先日に電話して、コピーしたいとお伝えしたら、ご用意くださり、コピーを取らせてくださいました。

こちらは、高校時代は毎日のように行きました。父が大垣市職員でこちらに勤務していたのは40年前のことです。

父と同僚であった方が「桑海くん。元気なの。」と声をかけてくださいました。

偶然にも今日お訪ねしたのは3階の郷土資料室で、父が毎日いたところでした。

帰り道、母に「我慢して10年中継ぎセットアッパーで住職していれば、今頃は楽隠居なのにね。」と叶わぬことを話していました。

思わぬところでで、父の足跡をたどることになりました。

年賀状欠礼ハガキ

母の同級生がお亡くなりになったと、年賀状欠礼のお葉書をいただき、母がお線香を手向けに訪問しております。
私は運転手で、待機中です。
お留守のようでしたが、旦那さんがお戻りになり、お家に上げていただいております。

父を40年前に亡くしていますが、両親と同じ世代の方のご訃報を、年賀状欠礼ハガキで知ることが多くなりました。
寂しい思いですね。

事前見積もりのお勧め

葬儀費用のトラブルというテーマが、ミヤネ屋で放映されていました。
葬儀社さんも、価格が低下して、安値競争をされています。ネット広告や折り込みチラシでお金を投資した分、当初の表示価格よりも2倍にも3倍にもなるのでしょう。
それでも利益が上がらないと、樹木葬墓地などに参入していかれるようです。

エステ業界もこういう手法を取られているようです。仕組みを知らない方は、悲しい思いをします。

うちでは、本堂での葬儀を始めて、事前見積もりを依頼されました。

悲しい思いをしないために、事前見積もりをされておかれることをお勧めします。

段差を補正する補強工事

全部で6棟あるうちのお寺の建物のうち、3棟が渡り廊下でつながっています。


それぞれ建築年が異なり、どうしても高さが異なり、段差が生じてきます。

慣れている寺族は転倒リスクは低いのですが、お客さまにもしものことがあってはいけません。

ご近所の大垣市桧町の瑞雲寺のご住職の辻法昭和尚さまは、建築物に造詣がお深いので、行事があるたびに「段差がある。」というご意見をいただいておりました。

段差のあるところに、段を増やして、昭和15年に建てた渡り廊下が下がって来ているので、補強工事をしております。

白隠禅師は、瑞雲寺に逗留されていた時、「禅関策進」という書物の中にある、慈明和尚さまのお言葉である「故人刻苦光明必ず盛大なり。」という一句を見つけて、修行に励まれたようです。瑞雲寺にも石碑があります。

 

老朽化したり、転倒リスクのある箇所を見つけて直していくのも試練であり修行であると思います。

ペットのお墓

岐阜市の南部まで祥月命日のお参りに行きました。
ふとしたご縁から、3年にわたってお参りして、樹木葬墓地にもお参りくださり感謝しております。

 


帰り道で、ペット霊園を見つけてお参りさせていただきました。
こちらは株式会社の運営のようで、樹木葬、合祀墓、納骨堂とラインナップがそろっていました。

株式会社の運営となると、マーケティングや接遇はお坊さんよりも上手ですね。
ちょっと覗いてみたのですが、説明がお上手でした。
偵察と思われないように、そっと失礼しました。見習って取り入れるところがありました。

大源寺だより最新号

大源寺だよりの最新号のゲラ刷りが出来上がってきました。
文字数が多いので、もう少し字数を減らしていこうと思います。

大源寺だよりを書き続けるのは、「お経も説教も下手ですから。」と言っているのですが、40年前に遡ります。
その年の4月に、祖父に叙勲があり、6月に今の大垣フォーラムホテルで祝賀会がありました。
8月に祖父が、肺がんで余命宣告をされて、10月に父が自死して、翌年の4月に祖父が亡くなるという波乱の一年でした。

「ボクが住職になれば、没落したウチも立て直せる。」と10歳で法衣を着て月参りや近所のお寺の施餓鬼や大般若に行きました。

「修行に行けば認めてもらえる。」と成人式を迎える前に僧堂に入門しましたが、異次元でした。動きが悪いとか物覚えが悪いのはわかっていましたが、檀家10軒の小さなお寺の子が頑張っても、厳しい将来があることを、私も家族も予想しませんでした。
またお寺を継ぐために修行をされる同輩もいましたが、「己事究明であって学校ではない。」と後に管長になられた老師が言われたものです。

自分が教わってきたことと、前に進んだお寺の世界とのギャップに悩みました。
「軍国少年として育ったが、敗戦で行く道を見失ったと河野太通老師がおっしゃったことが伝わってきます。

「お寺に住むために住職資格を取得するために修行に行った。」と住職になってからも言われて、兼職をしていると片手間と言われて、東京へ法話の勉強に行くと批判されるという、進む道を見失っていました。

12年前に、杉本 恭子先生の寺報教室を受講して、その1年後から年に2回続けて、毎日ブログを書いて皆さまにお伝えして、自分の進む道を交通整理しています。

終活のお話しで用いた西郷隆盛の「子孫のために美田を残さず。」というお話しがあります。
西郷隆盛は、2度の失脚を経て、新しい日本を作るために幕府を倒そうと決意しました。
徳川慶喜のように、高貴な家の出であって優秀で聡明であっても、主張がコロコロ変わったり、横柄な態度では民衆は離れていきます。

裕福ではなく軽んじられた者でも、日本を変えていった先人の強い意思を見習って、わかりやすくユーモアのあるストーリーをお伝えしていきたいと思います。

ご遠方からのお歳暮

朝一番に配達の方がお越しになりました。
今年の1月に兵庫県宝塚市までご葬儀に行きましたが、そのお宅からのお歳暮でした。
お礼の電話をして、「遠く離れていても、日本大学の先輩をお弔いしたのは、仏様のお導きでした。」とお伝えしました。

恵心僧都は、法事でいただいた引き出物をお母さんに送ったら、「あなたを名声を得るお坊さんとして送ったわけではありません。」と送り返されたそうです。

うちの母は、開封して食べきれないものを弟一家やご近所の檀家さんにお分けしています。

若い頃はいろいろ言われたものですが、亀の甲より年の功と、歳を重ねて皆さまが支持してくださいます。

泰丘和尚さまご法話

大垣市にある中日文化センターに泰丘 良玄和尚さまがご講義にお越しになると聞き、私も一般聴衆として参加させていただきました。


私のような小さなお寺の住職と、泰丘ご住職のような格の高いお寺の和尚さんとお会いするのは、20年前ではなかったことです。
10年前に、未来の住職塾でご一緒して、格の違いを超えて交流させていただくことになりました。

うちの母と同じくらいの年代の方がお越しになるのは、今まで仏教の教えを聴きたかったけど、なかなか機会がなかった。そのような方達が、泰丘ご住職のようなイケメンでわかりやすくお話ししてくださることを知って、駆けつけられると思います。

わかりやすくユーモアのあるお話しをお聴きして、禅の教えが楽しいものであると気づかれた方が多いと思います。

いつの日か、うちのお寺でご法話をお願いしたいと存じます。

洞光院 チャリティーコンサート

尾張旭市の洞光院でチャリティーコンサートがあり、参加させていただきました。
尾張旭駅から徒歩10分の交通至便な所にありました。10年前に、この辺りに毎週七日ごとのお経を上げに伺っていて、臨済宗のお寺があることは聞いていましたが、まさかこちらのお寺の敷居をまたぐことになるとは夢にも思いませんでした。

本堂に上がると、120席ほどの椅子やスピーカーやエレクトーンが設置されていて驚きました。
ご住職にご挨拶して、広い本堂や位牌堂を拝見しました。

1時間半ほどのコンサートは迫力があり、皆さまが聞き入っておられました。ご住職が曲目を指定されて、団員が練習されて熱量が伝わってきました。

コンサートの後に、後片付けを手伝って、夕食をご一緒して帰路につきました。

こちらのお寺には、私の親しくさせていただいている和尚さんがお手伝いにお越しになっていて、今回はご都合が合わなかったようです。はからずも私がピンチヒッターとなり不思議なご縁です。

見浦ご住職の宗教者としてのご見識と社会貢献への熱い思いに心が打たれました。これからもご指導いただきたいと存じます。