リーダーの魅力

名古屋駅近くを移動していると、衆議院選挙で某政党の党首が街頭演説をされていました。
外国人の脅威を強調されているのですが、マイノリティとされる集団を糾弾して得票数を増やそうとするやり方は許せませんね。

以前に法話講習会で、自分の思いと違うと糾弾される先達がいらっしゃって、嫌な思いをしたものです。

日本の公職選挙は、政策や政治信念ではなく、イメージや好き嫌いで決まってしまう側面があると思います。
今の選挙予測を見ていると、政党や各候補者の訴えよりも、党首の人気度に左右される要因もあるのではと思います。

うちのお寺にお越しになって、新しいご縁のできた方は、大源寺の由緒よりも住職が相性が合うかどうかで判断されるのではと思います。
ご近所の葬儀社さんは、「うちが提携するお寺のご住職は、お経がお上手で、ご家族も勢ぞろいで盤石ですよ。」と自前の墓地を営業していらっしゃるようです。

それでも、うちのお寺を選ばれるのは、思いが伝わっていって、受け入れてくださるからです。

ひたすらに愚直に思いを伝えていこうと思います。

節分

節分という気候の節目の一日は、冬の寒さと春の穏やかな青空が併存していました。


庭師さんが、マキガキの剪定をしてくださいました。マキガキの中には、ネズミモチという聞いたことのない木が生えていました。祖父母が記念植樹したわけでなく、自生したわけでもなく、鳥が持ってきた種からこれほど大きくなったようです。

梅の木の前に行くと、梅の花のつぼみがやや大きくなっているようでした。住職よりも季節の変わり目を認知しているようです。

本堂や鐘楼や樹木葬墓地の周りは、青空に包まれていました。節分は、季節の変わり目を物言わず伝えてくれます。

節分前の松の木の剪定

晴れて穏やかな天候でした。庭師さんがお越しくださり、松の木の剪定などの庭木のメンテナンスの作業をしてくださいました。

松の木は、お手入れに手間がかかるのですが、熟練の技術で手際よく作業が進められていました。
「シャンプーで洗う時のように、指を葉の間に入れて掃除をするんだよ。」と先輩が後輩に指導していました。髪の毛があった若い頃は、どのようにシャンプーで洗っていたのかと、自問自答していました。

床の間の掛け軸を、「吟風一様の松」に取り替えました。27年前に修行同期の和尚の晋山式の引き出物です。当時は、その行間に込めた意味がわかりませんでしたが、ようやく伝わってくるようです。

書道の先生のご意見を聞くと、快い顔をされないのですが、書体全体から、臨済宗妙心寺派の前管長の小倉宗俊老師のご心境が伝わってくるようです。

入り口の掲示板を節分のデザインの替えました。「鬼は外」と気に入らない人を阻害したり、やり込めてしまうことが、学校や職場、国家間でも起きている悲しい時代です。意見の合わない人でも包摂していく節分であってほしいと願っております。

 

瀬古区先祖供養 物故者追弔会

午前10時から、本堂で地元町内会の先祖供養と物故者追弔会がありました。
供養と追弔は角度や立ち位置を変えれば同じような意味になり、並列する必要があるのかと疑問に思うのですが、長年の習慣で否定することはできません。

コロナ禍前は、地元公民館で開催されていて、真宗大谷派のご住職のご法話がありましたが、どういうわけかうちのお寺でお受けすることになり、臨済宗の儀礼で法要を行いました。

前任者からの継承が大切であるので、これまでのように、礼讃文、三帰依文、開経偈をご唱和して始めました。円覚寺でも日曜説教で行われていて、模倣させていただきました。

皆様が慣れない臨済宗のお経をご唱和くださいました。いろんなご質問があり、地域貢献の上でも大切な一時でした。

ビデオでリプレイ検証をしていると、聴衆の前での住職の声が聞こえてきません。横田南嶺老師を見習って、声出しの練習をしなくてはいけません。

惰性になると、もうやめようということになってしまうので、いろんな角度からの検証と改善が必要ですね。

天龍寺を参拝

市での四十九日法要を終えて、嵯峨野線で天龍寺に向かいました。
天龍寺は同じ臨済宗ですが、これまでお参りさせていただいたのは1回しかなく、もう一度お参りしたいと思っていました。

嵯峨嵐山駅から10分ほど歩いて、天龍寺の境内にたどり着きました。うちのお寺と同じように、東向きに建てられていました。

選仏場と掲げられたお堂があり、禅堂(坐禅堂)かと思って見に行くと、仏殿と法堂(はっとう 法を説くお堂)が蛤御門の変で焼失して、禅堂のあった所に再建されたようです。堂内に入ると、龍の天井画があり、開山夢窓疎石禅師の木像とお位牌がありました。
法友が入寺したお寺も夢窓疎石国師が御開山で、昨年より横田南嶺老師の講義で「夢中問答集」と夢窓国師の語録を聴いていて、夢窓国師から「君にはよく会うね。」とお声が聞こえてくるようでした。

庫裡と方丈を拝見して、「曹源池庭園」という庭を散策しました。寒い中、多くの人が散策しておられました。
私の先輩のお寺が曹源寺、うちの近所の華渓寺の山号が曹源山で、曹源は池の形容である言葉のようです。「曹源の一滴水」という禅語を思い出しました。

日本のお寺は、ご縁がつまっているパワースポットでもあるわけで、ご縁のありがたさを伝えて、ご縁をつなぐのがお寺の役割であると伝わってきました。

帰り際に、天龍寺の職員さんにご挨拶してお寺を後にしました。気候変動でお庭の維持管理が大変になってきたようで、杉苔が弱っていました。いろんなお寺を視察して、よき文化を取り入れていきたいと思います。

日本のどこかに 亀岡市まで

京都府亀岡市まで四十九日の法要に行ってきました。
昨年末にご葬儀をさせていただき、そのご縁で再びこの地にやってきました。

喪主さまは、京都市の区役所の管理職をされておられます。正規ではありませんが、名古屋市の区役所に勤務していた思い出話をしていました。「区役所で和尚さんと呼ばれていましたよ。」と話していました。

ご自宅で40分ほどお経を上げて、戒名の由来などのお話しをしていました。故人はバイクがお好きで、韓国でのラリーに出場されたことがあるようです。

遠く離れたところでも、テレパシーというか繋がっているものを感じました。地域の習わしもありますが、言語によらないコミュニケーションで伝わるようです。

「ああ日本のどこかに、私を待ってる人がいる。」と山口百恵さんの「いい日旅立ち」にあります。お経も法話もうまくないとけなされてきたのですが、私をお待ちくださる人の為に法施をしていきたいと思います。