平安時代の終活

テレビをつけると、新内閣の話題がほとんどです。
遁世僧のように静かな話題を視聴したいと思っていたら、NHK総合の歴史探偵という番組で、平安時代の終活というテーマでした。

 

 

うちで終活というテーマのセミナーを開催すると、檀家さんはほとんど出席はなく、この10年ほどの新しいご縁の方が多く出席されます。
檀家さんは、お寺には葬儀や法事で、親族にメンツが立つように、お寺を上げてもらうことを希求されるわけで、終活などとお伝えしても余計なお世話だと認識されています。

平安時代には末法思想というものがあり、1052年からこの世は仏様の教えが衰退して、社会が乱れていくという不安が蔓延していました。

この世で不幸な人生を歩んだとしても、極楽浄土に往生できると希求される浄土教の教えが広まりました。宇治市の平等院は極楽浄土をイメージして、いまここに極楽浄土があることを、藤原頼通は伝えたかったのではと思います。

恵心僧都(番組では源信)は往生要集を記して、地獄の恐ろしさや極楽浄土の素晴らしさを説かれ、往生するためには念仏をするなどの行を実践することが大切であると説かれたようです。

地獄などというものがあるかないかはわかりません。ただ日頃の積み重ねで、地獄にも極楽にもなります。
放漫な生活を送っていて、後継者がそのツケを払うことも多くあります。「先代が全部建物を直しておいてくれたから、俺の代では大丈夫だよ。」とおっしゃっていた高僧の後継者は、多いに悩んでおられるます。

平安時代は先行き不明で、天皇や貴族や庶民がみんな悩んでいたのではないでしょうか。令和の時代では家庭環境の変化や労働環境の変化や物価高騰で、先行き不明です。

成るように成るのではなく、後顧の憂いを和らげていくために、仏教の教えを読み取って、終活を進めていく必要があると思います。