朝9時からの葬儀告別式は無事に終わりました。

袈裟を着用しようとすると、丸い環が外れてきました。袈裟の生地を止める糸が、老朽化でちぎれていました。
慌てて、生地の裏側にある留め紐で止めて、JA葬祭の職員に助けを求めて、定刻通りに開式しました。

予定通り40分で葬儀が終わり、控え室に戻りました。法衣をたたんでいると、参列していた母が入ってきました。「継続危機事態で焦っていたことがわかった?」と尋ねると、母は微塵にも感じなかったようです。
その後、午後1時頃に初七日が終わって帰ろうとすると、ご遺族があいさつにお越しになりました。
「すぐ隣りで、電気がついていたら、何でも聞きにきてくださいね。」とお伝えして帰りました。
43年前のもう一代前のおじいさんのお葬式の時は、ご自宅の仏壇前でお経を上げて、葬列を組んで本堂前で3周して、本堂に上がって葬儀をしたものです。
なぜこんなことがわかるのかというと、私が未就学児なのに法衣を着て参列したからです。
今となっては、信仰というよりは世間体で動いていたことがわかります。
家族に疲労が残って、ありがた迷惑な儀礼は変えていくべきなのです。
チンボンジャランの鳴らし物などは、一般家庭ではお目にかかることは少なくなりました。
鎌倉時代からの、没後作僧(もつごさくそう)というお亡くなりになってからお坊さんになっていただき、お見送りするストーリーの説明がないと、今後は葬式無用という世間の流れになってしまいます。
