花園大学へ行き、横田南嶺老師のご講義を受講してきました。
夢窓疎石国師の夢中問答集のご講義でした。「本分の田地」をわかりやすく解説してくださいました。
私は跡取り息子として得度をして仏門に入りましたが、お経を上げていれば、檀家さんやご近所さんがほめてくださるからと、父なし子が血縁のない祖母と田舎の寺で生きていくための生き残りの方法でもありました。
御利益や超常現象や神秘的な体験を期待したわけではありませんが、何のために仏道修行するのか問題意識などなく、立派だとほめてもらえるのが楽しみでした。
夢窓疎石国師は、禅の修行をするのは、自分の中には本分の田地という仏様のような心があることに気がつくためであると説かれました。本分の田地とは、区別するものでもなく、いわゆる格付けするものでもなく、みな平等にそなわっているものです。
私の属する臨済宗のお坊さんのグループでは、修行年数やお寺の規模で格付けし合うのですが、人間の常とはいうものの残念ですね。
帰りの新幹線で、首にかける絡子(らくす)の生地のつなぎ合わせを見て、本分の田地を感じておりました。
横田老師には、今年1年で7回お会いしてご講義や法話を聴聞させていただきました。毎日YouTubeでご法話をお聴きしております。修行に行くことはできなくても、お話しをお聴きして本分の田地を探し求めております。
50歳を前に、仏道を歩むことからの救いから、心の不調から立ち直ることができました。
