昨日の中日新聞に不活動宗教法人のことが取り上げられていました。
後継者不足のことばかり原因にされることが多いのですが、「そのうちなんとかなるだろう。」と往年の歌詞のように悠然と構えていたこともこの現状につながったのではと思います。
今では宗教法人の預金口座を新規で作成するにも登記簿謄本ばかりでなく、活動実態を証明するものを要求されます。私は大源寺だよりを提出して通りました。
若かりし頃、岐阜県庁に行った時、「うちは不活動宗教法人にならないか心配です。」と職員に尋ねたところ、「桑海さん。こうしてここに来てる住職がいるのに、不活動宗教法人になりませんよ。」と笑われたものです。
悪用しようとする人もいますし、かと言って守っていこうとする人もいます。
住職になった28年前に、妙心寺の塔頭の和尚さんが「キミがこれからやって行こうとするのは遅い。子どもの頃から小僧に出ないとお寺は守れなかったよ。」と今でも理解できないことをおっしゃったものです。
ようは、宗教法人を後世に継承していくには、人の心が大切なのです。「大いなるかな心や。」と栄西禅師はおっしゃったものです。
また、宗教界は宗教者が主導していくものですが、社会財である宗教法人は、宗教者以外の専門家に右腕になっていただかないと成り立たないものです。
このバランスが難しいですが、中道を歩むところですね。
