東京駅の八重洲口にある東京ミッドタウン八重洲で、船井総合研究所の寺院経営勉強会があり、出席させていただきました。

今回の講師は、群馬県太田市にある曹洞宗の瑞岩寺のご住職の長谷川 俊道和尚さまでした。
長谷川和尚さまは、11年前の寺院デザインの葬式仏教価値向上委員会の勉強会がご一緒させていただき、穏やかな口調でも熱い思いがあり、お坊さんのあるべき姿を知りました。
その後、未来の住職塾でもご一緒して、よく桑海くんと励ましのお声をかけてくださいました。
講義では、お寺でいろんなタイプのお墓を造設されている他にも、保育園などの社会福祉法人やNPO法人を運営されて、大規模な組織を運営されて、多くの職員を束ねておられるお姿を知りました。
お寺の会計や運営は概してどんぶり勘定となり、後から大事になることが多いのですが、長谷川和尚さまは、的確で冷静な経営判断で、組織を着々と成長しておられます。
うちの地元では、私自身が小さなお寺でも教員家庭で経済的に困ることはありませんでしたし、「お寺は経営ではなく護持である。」と言い切った和尚さまがおられました。
20年前は、月刊住職や日経新聞を読んでいたら、「そんなものを読むより、仏教書を読みなさい。」と勤務先の和尚さまに叱られたものです。
「武士は食わねど高楊枝。」と企業経営の視点でお寺の運営をすることは否定されていました。お寺がお墓を作って、檀家さんや信者さんを増やすよりも、大きなお寺の従業員になって、お葬式の脇僧に使ってもらったり、布教師になって名を高めることが美徳とされました。
最近でも、「お母さんの教員時代の年金やおばあさんの遺産があるのに、あんたはなぜ稼ごうとする。」と批判されたものです。
脇僧や親の年金や遺産をあてにしろという、田舎ならではの、よそから見たら荒唐無稽な理屈が通っているのです。
今日の講義やその後の意見交換会で、自分のやり方は間違っていないと自信を深めました。
檀家10世帯の、お寺の年間収入が50万円くらいの経済規模では、自分の思うような布教ができません。17年前に東京まで出て来て、松原哲明和尚さまの勉強会に出ていたことを批判されたのですが、小さなお寺の住職の立場では何も反論できませんでした。
17年経って、経済的規模をある程度整えて、以前のしがらみから離れることができました。
保守的な岐阜県以外に目を向けて足を伸ばして見ると、こんなに世界が広がるものかと実感しました。
11年のお付き合いとなる宮城県気仙沼市の小黒澤 和常和尚さまにお会いしました。遠く離れていても、志が合えば月に一度お会いすることができます。
仏縁に感謝します。
