本堂での法事が、午前中に2回ありました。
10時からの法事は、一人でお読みして、YouTube動画をご家族にお送りします
11時からの法事は、東京都からお越しになって、ご一緒にお読みしました。

こちらのご家族は、ホームページのブログをお読みくださっていて、こちらの状況をよくご存じです。

遠く離れていても、つながっているのは、ありがたいことです。
30年前に大学に入学した時は、携帯電話はお金持ちの持ち物で、インターネットも一般人には知られておらず、ポケベルはありましたが、岐阜県から東京都や埼玉県まで連絡はできませんでした。

インターネットが普及したから、遠くまでつながるのです。
次は東京まで法事に出張することになるかもしれません。

 

寺院経営勉強会

東京駅の八重洲口にある東京ミッドタウン八重洲で、船井総合研究所の寺院経営勉強会があり、出席させていただきました。

今回の講師は、群馬県太田市にある曹洞宗の瑞岩寺のご住職の長谷川 俊道和尚さまでした。

長谷川和尚さまは、11年前の寺院デザインの葬式仏教価値向上委員会の勉強会がご一緒させていただき、穏やかな口調でも熱い思いがあり、お坊さんのあるべき姿を知りました。
その後、未来の住職塾でもご一緒して、よく桑海くんと励ましのお声をかけてくださいました。

講義では、お寺でいろんなタイプのお墓を造設されている他にも、保育園などの社会福祉法人やNPO法人を運営されて、大規模な組織を運営されて、多くの職員を束ねておられるお姿を知りました。
お寺の会計や運営は概してどんぶり勘定となり、後から大事になることが多いのですが、長谷川和尚さまは、的確で冷静な経営判断で、組織を着々と成長しておられます。

うちの地元では、私自身が小さなお寺でも教員家庭で経済的に困ることはありませんでしたし、「お寺は経営ではなく護持である。」と言い切った和尚さまがおられました。

20年前は、月刊住職や日経新聞を読んでいたら、「そんなものを読むより、仏教書を読みなさい。」と勤務先の和尚さまに叱られたものです。
「武士は食わねど高楊枝。」と企業経営の視点でお寺の運営をすることは否定されていました。お寺がお墓を作って、檀家さんや信者さんを増やすよりも、大きなお寺の従業員になって、お葬式の脇僧に使ってもらったり、布教師になって名を高めることが美徳とされました。

最近でも、「お母さんの教員時代の年金やおばあさんの遺産があるのに、あんたはなぜ稼ごうとする。」と批判されたものです。

脇僧や親の年金や遺産をあてにしろという、田舎ならではの、よそから見たら荒唐無稽な理屈が通っているのです。

今日の講義やその後の意見交換会で、自分のやり方は間違っていないと自信を深めました。

檀家10世帯の、お寺の年間収入が50万円くらいの経済規模では、自分の思うような布教ができません。17年前に東京まで出て来て、松原哲明和尚さまの勉強会に出ていたことを批判されたのですが、小さなお寺の住職の立場では何も反論できませんでした。

17年経って、経済的規模をある程度整えて、以前のしがらみから離れることができました。

保守的な岐阜県以外に目を向けて足を伸ばして見ると、こんなに世界が広がるものかと実感しました。

11年のお付き合いとなる宮城県気仙沼市の小黒澤 和常和尚さまにお会いしました。遠く離れていても、志が合えば月に一度お会いすることができます。
仏縁に感謝します。

葬儀のパンフレット

お寺での葬儀というものを、昨年からご縁のある方にお伝えしているのですが、反応はぼちぼちと来ています。

また、樹木葬墓地や納骨堂やご縁のある方々から葬儀のお問い合わせがありますが、お寺に尋ねづらいことが多々あるようです。

そこで、葬儀への疑問を簡単に説明するパンフレットがあればと考えていたところ、株式会社唯の池谷 正明さんからご提案をいただき、パンフレットを作成いただいて、昨日の樹木葬法要で皆さまにお配りしました。

皆さまよく読んでくださり、ありがたいです。これから質問が出てくることでしょう。

虎渓山永保寺

多治見市まで行き、虎溪山永保寺をお参りさせていただきました。
こちらは臨済宗南禅寺派の修行道場があり、大きな伽藍ときれいに整えられたお庭が調和していました。

雲水さんが草取りをしておられて、若い頃を思い出しました。

寺務所へ行き、桝田宗隆老師の書かれた色紙を購入しました。

20年ぶりにお参りして、心が洗われるような思いがしました。

樹木葬墓地の春季合同法要

樹木葬墓地の合同法要を開催しました。
20℃を超える暖かい晴天のもと、30人近いご参列のもと、墓前でお経を上げて、皆さまにご焼香をしていただきました。

墓前でのお経の後、本堂にご移動していただき、真宗高田派布教使の村上英俊さまにご法話をいただきました。

村上住職のお話しはわかりやすく、聴衆の皆さまがうなづいておられました。

スライドを使って、お寺の活動から始まり、涅槃図の解説、四聖諦のお話しを流れる川のようにとうとうと話されていました。

若い頃は浄土真宗のお話しは向こう岸のお話しと耳を傾けることはありませんでしたが、50歳を前に仏教への信仰を深めることになるとは、予想さえしませんでした。

難しい言葉の説明は短く、誰もの耳にスラスラと入っていくお話しに惹きつけられ、あっという間の40分でした。

樹木葬墓地を開苑したのは、檀家制度に代わる新しい信仰共同体を作りたかったのです。
今日ご参加の皆さまが、にこやかにお帰りになってほっとしています。

教西寺

未来の住職塾やグリーフ教室でお世話になり、4年前の人生最大の危機の時はお寺まで駆けつけてくださった、三宅さんご夫婦がお寺を守られる、名古屋市昭和区の教西寺へお参りしてきました。

今日は、青木さやかさんの講演会がありました。20年前の若い頃に、「どこ見てんのよ。」という切れキャラで、テレビでお見かけしない日はありませんでした。

テレビでのキャラクターとは異なり、繊細で穏やかなお人柄でした。ご両親との思い出のお話しや、芸能界のことなど詳細に教えてくださいました。

最後は、ピアノ伴奏で恩徳讃の唱和で終わりました。この雰囲気はよかったです。こうやって信仰を深めていかれる三宅さんご夫婦の地道な教化を見習っていきたいです。

午前中は名古屋市でお葬式があり、午後からは本寺の慈渓寺の彼岸施餓鬼会があり、午後2時半頃にお寺に帰りました。

休憩の後、庭の草取りをして、落ち葉を掃いたのですが、ゴミ袋いっぱいの量になりました。

その後、明後日の樹木葬墓地の合同法要があるので、本堂の準備をしていました。
午後7時からオンライン会議があることを忘れて、岡橋さんから連絡があってすぐに入室するドタバタがありました。

忙しいと忘れてしまいますね。50歳近くなると動いていないと気が済まなくなります。

明後日は、樹木葬墓地の墓前でお経を上げて、その後に真宗高田派布教使の村上英俊さんにご法話をいただきます。
樹木葬墓地は、信仰を深めていく空間であることをお伝えしたいと思います。

お中日

お彼岸のお中日は、朝から名古屋までお葬式に向かっています。

車の運転がうまくないので、遠方へ行く時は電車で向かいます。

駅のホームで走って乗り換えることが多く、近所の人に「桑海さん。よく走るね。」と言われます。

僧堂時代に先輩から「走れ」と言われて、動きが悪くて気の利かない私はバカの一つ覚えとばかりにいつも瑞泉寺の中を走っていました。

僧堂によって雰囲気が異なるもので、神戸市の祥福寺で修行された和尚さんから聞くと、河野太通老師は、「火事の時以外にお寺の中を走るな。」と注意されたようです。

地域によってもお寺によっても、文化や作法は異なるものです。

ただ、私の気の利かないマイペース主義は、どこへ行ってもいつまで経っても変わらないものです。先日、東京の麟祥院で休憩時間に席に座ってスマホのチェックをしていたら、横田南嶺老師が、隣の席の椅子とプリントを移動しておられます。やってしまったと思いました。

機敏な動きと、気が利くようになることといつまで経っても身に付きませんね。マイペースで進んで行きます。

心付け

お通夜で、ナゴヤドーム近くにあるティアという葬儀会館に来ています。

「心付けを受け取りません。」というポスターがありました。昔は心付け文化でした。うちには、タクシーの運転手さんに「お釣りはいらない。」とお渡ししたり、必要以上に饗応をしていたものです。

うちには心付けをする家風はありませんでしたが、心付けをしないとケチったと意地悪をされたものです。「あのお寺の時はこうだった。」と嫌味を言われたものです。

心付けを受け取らないと宣言されるのは、利用者にとってありがたいことです。

担当の職員とお話しして、冨安社長や奥様やご子息、ブロック長を存じ上げておりますとお話ししていました。

昔は「黙して語らず。「と寡黙のほうがよいとされました。私は寡黙では何も伝わらないし、積極的に出ていき人脈を広げていかないと衰退するタイプですので、不器用ながら進めております。

「師檀和合して親しく 水魚のちかづきをなし 来際一如てして 骨肉の思いを致すべし」と曹洞宗の瑩山紹瑾禅師が説かれたようです。臨済宗妙心寺派の前管長の小倉宗俊老師がよく引用されていました。

今はお寺と檀家という関係性が揺らいでいますし、お寺も檀家も経済的に厳しいのです。葬儀でできたご縁から、一緒になって、葬儀社のお手伝いのもと、ともに悲しみのケアに歩んでいきたいです。

草取り

突風が吹く中、庭の草取りをしていました。


草取りをしていると、お墓参りのお客さまがお越しになりました。89歳の女性で、「ひとり暮らしは大変です。私にことが起きた時はお願いします。」とおっしゃっていました。

こういう世間話が大切ですね。お互いに会っても知らん顔では、お墓の場所貸しにすぎません。
お墓参りから信仰を深めていく伴走をしていきたいと思います。