花園大学

京都の花園大学に行き、「禅とこころ」という公開講座を受講してきました。
今回は花園大学准教授の西谷功先生のご講義でした。

平安時代の末期になると、国家鎮護の仏教が腐敗して、京都の東山周辺にお寺を建立した泉涌寺の俊芿や東福寺の円爾弁円が宋へ留学に行きました。

その当時は、宗派のこだわりなくお坊さんが自由にお寺を行き来していたようです。
宋から持ち帰ってきた教学ばかりでなく、作法や椅子などの生活様式を祖師方は伝えられたようです。

その頃は、お坊さんも実際には結婚して奥さんや子どもがいて、お寺には住まずに、お屋敷から通勤していたこともあったようです。時代は繰り返すものです。

今の仏教界にある閉塞感を変えていくには、「原点に立ち返れ。」というご意見をお聴きします。結局のところ、同じ宗派だけではカースト制のような仕組みがあり、変えるのは難しいのです。

12年前からの超宗派のお坊さんの活動が、平安末期から鎌倉時代にかけて新仏教を開かれた祖師方のように、後世から評価される地殻変動につながると思いました。

掲示板

掲示板のポスターを貼り替えました。
鯉のぼりのイラストで、「遠くから見ないと ちゃんと見えないものもある。」と掲げました。

今の自分の立ち位置を遠くから見ないとわからないことがあります。「お寺は偉い。」と思い込んで育ってきたのですが、東京の大学や犬山の修行道場へ行くと、そうでもないと気づきました。
新幹線の車内で、隣り合わせたおじさんに、「お坊さんはずれている。」というお声がありました。

遠く離れたところから見ないと、実際より大きく見えたり、逆に小さく見えて卑下することがあります。

そんなことのないようにと、こちらの言葉を選びました。

9歳に父が他界するまでは、毎年この時期になると、鯉のぼりがそびえて、五月人形が床の間にありました。

父と祖父が立て続けに他界してからは、鯉のぼりがそびえることはなく、ご近所から条例違反だったと言われる始末でした。

そうならないように、念には念を入れて、お寺の経営をしています。
勉強会に参加して、コンサルタントに相談して、顧問の税理士の先生や司法書士の先生や弁護士の先生を頼っているのは、いろんな方のご意見を集約して進めていきたいという思いからです。

遠くから見て、かたよって、とらわれて、こだわっていないか点検していきたいものです。

ついたて

玄関の間に、ついたてを設置しました。
新しいものを購入したわけでなく、私が生まれた頃から、建て替える前の庫裡にありました。
祖母が、このついたてを嫌がっていたようで、理由を尋ねると、「夏用でついたての向こうがスケスケで見えてしまう。よそのお寺は、老師さんの墨蹟が貼られていて分厚い。だから安っぽいので使わない。」と言っていました。

そんなわけで、長年お蔵入り状態でしたが、ふいに思い出して玄関の間に設置することになりました。

しばらくの間、置く位置を調整していきます。

四十九日法要

午後から本堂で四十九日法要を行い、続いて樹木葬墓地で納骨式を行いました。

15人もの参列者がお越しになり、賑やかでした。小さなお子さんは、お経の間に庭まで行ってブロック塀に登って、私も「危ない。」と注意しました。

多くのご親族のもとでの納骨は、故人も喜んでおられることでしょう。

庭の花が次々と開花してきました。草が伸びてきて、草取りが大変です。

最近、樹木葬墓地をご見学のお客さまは、どういうわけか私の名前を覚えてからお越しになります。ホームページや広告に名前が出て、Googleの検索でも私の経歴まで出てくるので、皆さまが予習してお越しになるようです。

小学校に入学した甥っ子が、担任の先生の名前をフルネームで覚えていました。私の名前も「クワウミ イッカン」と覚えていました。本当は戸籍名の「カズヒロ」で呼んで欲しかったのですが、ぜいたくは言えません。

これから、多くの人にお集まりいただくには、お寺の名称と住職の名前をセットで覚えていただき、「ああ、あの住職はちょっと個性的だけど、いい供養をしてくれた。」と噂が広まっていくのがいいかもしれません。

 

お経を声に出して読むようになったのは、10歳の時です。
何もわからず、お経を読んでいると、高野山大学大学院を卒業した叔父が、「かずひろよ。世尊偈(観音経の後半)は、お釈迦さまの詩なんだよ。」と教えてくれました。

何年か経って、この解釈は若干誤認があることがわかりましたが、親族にお坊さんがいて、「コイツは動きが悪くて苦労するな。」と思っても励まし支えてくれる親族がいたから、踏み止まって住職になれたものです。

この世はいろいろあっても、因縁で成り立っているものです。大事にしていきたいものです。

横浜から大学時代の同級生がお越しくださいました。
私に傾聴する能力やカウンセリングスキルはあまりないのですが、30年間、いろんな苦節があった私に激励してくれた友に少しでもお役に立てればと、お話しを聴いておりました。

「余計なこだわりをなくしていけば、心は軽くなる。」と老師さんのマネをしてお話ししていましたが、どれだけお役に立てたかわかりません。
ただこの友情は、一生途切れることはありません。

大垣別院

西濃仏教会の会合で、真宗大谷派大垣別院にお参りさせていただきました。
6人ほどの参加で、30分ほどで終わりました。
3回目の参加となり、顔馴染みになったご住職とご挨拶していました。

この地方は、真宗大谷派のお寺が全寺院の7割を占めます。
この地方の臨済宗のお寺は、どこか真宗のお寺のやり方を模倣しているところがあり、うちのお寺も永代経を行い、おけぞく(お餅)を配って町内に配っていました。本堂では、お仏飯の器で仏様の前にお供えして、本尊さまに向かって右側の内陣で法事のお経を上げていました。

修行道場へ行くと、どこか違うと思いましたが、20歳そこそこの若造にわかるわけがなく、住職になると、外で学んだことを取り入れたい私と、古くからの伝統を守りたい祖母と衝突しました。

12年前に住職塾に入ってから、他宗派のご住職とお話しして、荘厳や作法の違いを学んで、うちの独特な荘厳が成り立った経緯がわかりました。

私などは修行が短いのですが、それでも修行をしたと周りに尊大な態度を取ったこともありますが、日頃から他宗派のご住職と交流しておけば、視野が広がってくるようです。

夕暮れ時に樹木葬墓地へ行き、しおれたお花を下げて、草を取っていました。
キリシマツツジが開花して、楓が青々としています。

30年前に東京で学生生活を始めた時、緑が恋しくなって日比谷公園によく行っていました。

そんな思いから、緑に囲まれたお墓を作りたいという思い、樹木葬墓地ができました。四季を感じる空間になりました。

学生の頃は、インターネットが普及していなくて、東京にいて岐阜県の様子を知ることはできませんでしたが、今では瞬時にお知らせできます。

今日はZOHOというシステムに接続するのに手間取りましたが、作業効率の高くない私でも速やかに情報を受け取って行動できる時代になってきました。

樹木葬墓地の樹木が青々としてきました。
この間まで桜が咲いていたのに、この早さには50歳近くなっても新鮮な思いがします。

お墓参りのお客さまが多くお越しになりました。
ご挨拶に出ていくと、ご縁が増えていくことに驚いておられました。

このお宅は、代々臨済宗を信仰されるお家で、ご縁があってうちで供養させていただくことになりました。

大源寺だよりと住職インタビューをお渡しして、今後もっとご縁を深めていくようにご案内しました。

三島市の龍澤寺の中川宋淵老師は、「生きてこの 青葉若葉の この光」と詠まれました。青葉若葉が萌えてくる頃に、無事に歳を重ねてご縁が深まっていくことに感謝しております。

大法寺 終活セミナー

お世話になっている長谷雄 蓮華上人が多くの信者さんを集められる愛知県愛西市の大法寺までお邪魔させていただきました。

今日は月に一度の終活セミナーが開催されて、会場いっぱいに多くの信者さんが集まっておられました。

長谷雄住職の法話から始まりました。長谷雄住職のお話しは、専門用語が少なく、誰もが惹きつけられていました。聴衆が何を知りたいのかよく把握しておられて、相手の心にスッと入っていくお話しでした。

講師は弁護士の大井先生で、遺産相続における遺留分のことを講義してくださいました。遺留分というと、学生時代に少し勉強して、試験にここが出るという一夜漬けの理解でしたが、住職になって何年も経っての勉強の方が、必死になっています。

最後に竹内院代のお話しで、お亡くなりになってからお葬式までの流れを、宗教的意義を前提にわかりやすく説明してくださいました。途中、私も発言するということもあり、気が抜けませんでした。

終わってから、ほんのちょっと後片付けをお手伝いしていると、アンケートを私に渡されるお客さまがおられました。大法寺のスタッフに成り切って回収していました。

本堂にお参りに行くと、こちらの檀家さんが信心深くご本尊に手を合わせておられました。般若心経を上げておられて、こちらの布教はきめ細かく行き渡っていて、ご住職や院代が慕われているのを感じました。
お墓にお参りに行くと、樹木が青々としていました。今日のセミナーのお客さまが見学しておられました。

こちらのお寺は接遇が丁寧ですね。うちの方では、「あのお寺は腰が低そうに見えて、実は上からモノを言う。」という声を聞きます。うちもそう言われているかもしれません。
また、私が修行したお寺では、大きなお寺のご住職には深々とお辞儀をして、受付は先に通されて、私のような小さなお寺の住職には、ろくにあいさつもせず、受付も後回しで、お金を持って行ったら、「忙しいから後にしてください。」と言われたこともありました。

誰にでも優しい笑顔と言葉で接して、私のようなものでも惜しみなくご指導してくださる、長谷雄ご住職と竹内院代のもとに多くの信者さんが集まって来られる光景を見て、少しでも見習って、うちにも多くの信者さんが集まって、安心を届けられるお寺にしていきたいです。
このご縁に感謝しております。