本堂での法要

本堂内で四十九日法要と納骨堂への納骨の儀式がありました。

こちらのお宅は、6年前に納骨堂の契約をされて、介護をされる傍ら、うちのお寺の様子をブログやLINEでご覧いただきご縁をつないできました。

今日納骨をされて、ほっとされていました。法要の後、記念撮影をしました。

40年前は、葬儀や法事はてんやわんやでした。今でもいるのですが、こういう時に張り切って仕切りたがる人もいて、遺族はありがた迷惑でした。

静かにお見送りできて、追加料金が発生するわけでないお寺での法要をこれから進めていこうと思います。

電話対応

名古屋の料理屋さんにあった電話です。
昭和時代の終わりまで、ダイヤル電話がうちのお寺にありました。今から30年前に大学に入学した時は、埼玉県大宮市(さいたま市)の下宿アパートに共有用でピンクのダイヤル公衆電話がありました。
ダイヤルですからかけ間違えが多く、うちは末尾2092ですが、近所の墓石屋さんが2093でよく間違い電話がありました。

母の実家に電話する時は、電話番号を暗唱できたものです。今ではスマホがあり、メモリに電話番号が入っているので、暗唱することもなくなりました。

今日も迷惑電話がありました。買取会社や弟の同級生を名乗る詐欺電話など多くあります。
昔に役所に勤務していた時、電話対応をしたことがなかったので、最初のうちはしどろもどろでした。机の上にあるパソコンを検索しながらの通話が下手で、遅いと苦情を言われたものです。
姉のように親しくしていた女性に、「惚れ惚れするように電話対応がお上手ですね。どうやってそんなに上達されたのですか。」とお尋ねすると、「和尚さん。私は若い頃テレクラで遊んでいたんだよ。ハハハ。」と教えてくださいました。

真面目過ぎてもいけないわけで、ゆったりと冗談混じりでお話しすると話しが通じてきます。
今ではお寺専業でいると、かかってきた電話を取って、檀信徒会員管理システムで検索して、そして迅速に電話対応できるようになりました。

昔は長電話等で時間を潰したこともありましたが、今では無駄なく迅速に的確に電話対応することが大切ですね。

佛教タイムズ

佛教タイムズという業界誌が届きました。
これまであまりお目にかかったことはないのですが、拝見すると隅っこに4月13日に開催する終活セミナーのことが取り上げられていました。

うちのようなお寺のことまで取り上げてくださり、ありがたいことです。

母に見せても、あまり興味がないようです。教職員の人事異動の記事は細かい字を読んでいますが、お寺業界については関心は高くないようです。

昭和後期や平成初期は、老師さまや布教師さまより、校長先生をされた小さなお寺の住職が偉いとされた土地柄ですので、情報を得て発信していかないと伝わっていきませんね。

八風吹けども動ぜず

防犯カメラを見て、旗が倒れているのを母が見つけて、慌てて直しに行きました。
早朝からお墓参りくださる方がおられました。

檀家総代さんが、「この間、葬儀社の○○の樹木葬の展示場があったよ。」奥さんが、「うちの菩提寺が先行してやっていると言ってきたよ。」とおっしゃっていました。

「余計なことを、私が偵察に行かせたように思われる。」と思いながら聞いていました。

「いっぺんに200区画以上も増えたら、うちのような檀家10軒しかないお寺でも、従来の檀家さんは、先住民族のようになって嫌な思いをされますね。うちは7年かけて100区画のご縁ができて、葬儀や法事もお受けして宥和しているから何もトラブルがないんです。業者さんに建築費用や宣伝費用出してもらうと、後の利益配分は信じられない割合になります。総代さんは反対されますね。」とお話ししていました。

何か近所で似たような境遇の出来事があると、多くの人は引き合いに出すのですが、風が吹いても動ぜない「八風吹けども動ぜず。」の気持ちが大切です。

布教講習会でうまくいかずにうつ病になり、お寺間の人間関係がうまくいかずに、もう一度勤めに行こうとハローワークへ行って仕事を探して、区役所の職員に採用されたのは、2011年で今から14年前のことでした。

生活保護の年金の仕事で、年金事務所に調査に行きましたが、窓口の女性が気が利いて美人で、毎日通って指名していたのですが、当然のように相談室長からクレームがきました。

懲りずに行っていたら、「今日は○○お休みです。」と気を遣われてしまうほどでした。今でいう公私混同かつセクハラですね。

その担当者が、ストラップ付きボールペンを持っていて、せんとくんの人形がありました。


私に似ているから、面白くて使っていたのでしょうね。私は有名女優の顔写真のクリアファイルに書類を挟んで持って行きました。

今なら大問題ですね。当時も問題視されていたことでしょう。
大事にならず、「桑海さん。退職しますから。」と言ってお菓子をくださいました。

そんなこともあって、専門用語が多く難しすぎると言われた私の法話も味が出てきたかもしれません。

満開の桜

枝垂れ桜が満開になりました。
午後から樹木葬墓地の見学のお客さまがお越しになり、ご案内していました。桜をご覧になっておられました。

Facebookや大源寺ホームページのブログをご覧になる他宗派のご住職が、「最近よく老師さんのお話しを聴きに行かれますね。」と言われます。「29年前の雲水時代は、居眠り常習犯で老師の提唱をまともに聴いていませんでした。動きが悪くて気が利かなくて、車の運転もできなかったので、重要な仕事を任せられず、月参りやお葬式の脇僧に行くこともなかったのです。今でいうホワイトハラスメントですが、我慢すれば住職になれると思って、過ごしていました。それで、30年経つとやり残したことがあるようで、動けるうちに吸収しようとあちこち移動しているんですよ。」と振り返って話していました。

29年前は、ゆっくり樹木を見ることもなかったのですが、こうしてしっとりと眺める余裕が出てきたのかもしれません。

健康診断

年に一度の定期健康診断で大垣徳洲会病院に来ました。

以前は血液検査で異常値が出ることが多かったのですが、最近になって安定してきました。
今のところ、健康診断で異常値が出るようなことはないと思うのですが、何かあってはいけないと診断を受けました。

母は教員の仕事を40年勤めて、何度も入院していますが、私はさほど大病をしたこともなく過ごしています。
「ボクは苦労してないからね。後は心の安定だよ。」と言っています。

母の早食い癖をいつも注意しているのですが、教員を勤めていた人や僧堂の長い和尚さんの早食い癖は、長年の蓄積ですから簡単には直りません。

のんびりと、時には気を張り詰めて生活していくのが大切ですね。

老師からのお手紙

ポストを開けると見覚えのある字の封筒がありました。
埼玉県の平林寺の松竹寛山老師からお手紙をいただきました。

松竹老師とは、19年前に京都の妙心寺での高等布教講習会でご一緒してお世話になりました。

「松竹さんは、発表がお上手ですね。どこか企業でお勤めされていたのですか。」とお聴きしたのですが、岐阜に戻ってから老師さまであることを知って、失礼なことを申し上げたと反省しておりました。

その後、東京都世田谷区の龍雲寺の東京禅センターでの松原哲明和尚さまの法話講習会でお世話になりました。
休憩時間にお茶を飲んでいると、松原和尚さまが、「桑海くん。手伝いなさい。老師さんに仕事させちゃダメだよ。」とお叱りを受けたこともありました。

20年近く経って、こうしてご縁が続いているのはありがたいことです。
メールやLINEではなく、こうして手紙でのやり取りはうれしいですね。

ルンバ

母を病院に送って行ってから、庭の草取りと本堂の掃除をしていました。

ローソクと線香立てがあり、お花が増えています。朝からお墓参りがあったようです。

本堂ではルンバを投入しました。広過ぎて荷が重いようです。まるで、29年前に僧堂に入門した時の私の掃除風景です。

エステサロンの経営者が、「桑海さん。自分で掃除をしなくなったら経営がうまくいきませんよ。」とおっしゃっていました。ルンバを使わず何事も自分で動きたいのですが、「猫の手を借りたいくらいでご容赦ください。」と言ったところです。

抜苦与楽

お昼から樹木葬墓地の見学がありました。
開苑して7年経ち、たどたどしい私の説明が少しは滑らかになりました。

一通り説明して、桜の花の下の樹木葬墓地をご案内しました。

今から27年前の大学生の時、鎌倉市の円覚寺へ行き、足立大進老師の法話を聴いてきました。

確か「基礎がきっちりしていない者は大成しない。大学出身の力士は伸び悩む人が多い。」というお話しと、「お寺へ行って、檀家になりたいと言って、ぜひにという住職のお寺は行かない方がいい。「よく考えてからうちのお寺の檀家にお入りください。」という住職のお寺に行った方がいい。」とおっしゃったと記憶しています。

私は説明して、「ゆっくり考えてからお決めください。」とお伝えしています。

久しぶりに足立大進老師の著書を拝読していました。


自分の年金を持ち出して、お寺を守っていて、税務調査に来た税務署職員に同情されたご住職のお話しがありました。

数値目標も大切ですが、お寺にお越しになった方の苦を和らげる、安心をもたらす抜苦与楽が大切なのです。