お供え物

永代供養墓に、おせんべいとりんごがお供えしてありました。
鳥や犬や猫が取っていかないように、お下げしました。
いろんな方がお越しになります。お花も増えていきます。

梅の木

法事が終わって、雨戸を閉めようと縁側に出ると、梅の木に異変が起きていました。
靴を履いて外に出ていくと、根元が腐食して倒れていました。


庭師さんに相談しています。

それにしても残念です。腐食に気づけなかったのかと悔やみます。

下宮仏教会

地元の小学校の校下の下宮仏教会の総会がありました。
9カ寺あって、6カ寺は真宗大谷派で、1カ寺浄土真宗本願寺派、天台宗と臨済宗は1カ寺という中で、マイノリティの私が会長を拝命しております。

とは言っても、祖父母の頃から皆さまにお世話になっております。最年長の80歳のご住職は、うちの弟が高校で化学か物理を教わり、そちらのご師父は祖父の同級生でした。
今日の会場のご住職は、かつて大垣市役所に勤務されていて、父と同僚であられました。

そんなわけで、臨済宗のお仲間よりも勝手事情が分かっている側面があります。

長年にわたって片手間ながら住職を続けていると、微妙な空気がわかってきて、微力ながら会長を続けております。

建設的な意見が出てきました。これは上意下達の雰囲気の臨済宗の文化とは異なるものです。

私より若い住職は見当たらず、母と同じ年代のご住職ばかりです。当分の間、会長を続けることになりそうです。

古くからのご縁

愛知県江南市の檀家さんのお宅に、お参りに行ってきました。
こちらは年に2回お伺いして、いつもは30分ほど滞在しているのですが、今日は話しが長くなって1時間もいました。

うちの近所のご出身で、お寺の総代さんの実のお兄さんです。
思い出話しができて喜んでおられるようでした。祖母や父の話しも出てきました。

古くからのご縁が今でも続いていることに感謝しております。

本堂での法事

本堂で法事がありました。
昨年から樹木葬墓地にご縁があり、年忌法要をうちで行なわせていただくことになりました。

私よりも10歳ほどお若い世帯で、押し付けないようにお伝えしておりました。
こちらが低姿勢と思っても、お相手にはどう伝わるかわかりません。新しいご縁の方とのコミュニケーションは難しいものです。

本堂での法事の後、雨が降っていたので、本堂の廊下からお墓に向けてお経を上げました。

焼香するときの香炭に火がついていなくて、焼香のとき慌てました。慌てて、廊下にあった手香炉には火がついた香炭をあったので、すぐに手香炉を持ってきて、皆さまに焼香してもらいました。

慣れているつもりでも、思わぬミスはつきものです。

ご見学

外出先から帰ってくると、見慣れない男性が、路上駐車をしてうちの方へ入って来られました。
うちの樹木葬墓地の見学にお越しになったということで、ご案内しておりました。

この方は正直者で、近隣の真宗のお寺の門徒総代さんであられるようです。
ご住職が直々にお越しになるべきですね。門徒総代さんを筆頭家老のように扱って、偵察に遣わすとは、一昔前のお考えが今も残っているのでしょう。

こちらの門徒総代さんに、ご住職へのメッセージをお願いしました。
「業者さんの樹木葬墓地はいいですが、お寺に主導権はありませんよ。また墓地区間に樹木葬墓地を造成して、新規の方をお迎えするのか、古くからの門徒さんに限定するのか、決めておいたほうがいいですよ。古くからの門徒さんは、これまで寄進してきたのに、新しいご縁の方が境内に入られることをよく思いませんよ。」

樹木葬墓地もブームのようになってきましたね。門徒総代さんのお寺をよくしようという気持ちは素晴らしいです。うちではこんなことはありません。

ご住職が私が敬愛する蓮如上人のように、出向いて、御文のようにメッセージを送っていくべきですね。

真宗の結束力

一昨日、本願寺派の藤村さんとお話ししていて、「地元の真宗のご寺院にはお世話になっています。4年前に交通事故の当事者になった時は、寺族や門徒さんの嘆願書を集めてきてくださいました。頭が上がりません。」とお伝えしました。

大叔母は「これも業だ。」と仏教の教えを曲解していたものです。
真宗の仲間を思い行動する組織力は、蓮如さんの頃からの伝統なのだと思いました。

26年前の本堂修復の時も、真宗門徒さんにお世話になって22歳の住職と10軒の檀家でも完了しました。

修行をしたんだ。(短いと指摘されますが。)という思いより、思いやり行動する伝統を見習わないといけません。

古い写真

20数年前に住職になってから、役所勤めしていた時の写真です。


昔は小さなお寺の跡取り息子は僧堂で修行するとは、道楽ととらえる価値観が大垣の周辺ではあったようです。

うちの祖父の大学での教え子でもある中学校の校長をされていた和尚さんは、39年前にうちの本寺にお手伝いに来られた雲水に、「あんたは僧堂で修行できるから幸せなんだよ。私は僧堂へ行きたくても、お寺にお金を入れないといけないから、学校に就職したんだよ。」と言われたようです。

この雲水さんは、後に各務原市の大きなお寺の住職になって、その20年後に私も従業員としてお世話になった和尚さまです。

39年の間に大きく価値観は変わりました。お寺の御曹司としてお寺を守っていくのがよいとされていました。
今では、お寺でやっていくのが難しいなら、無血開城すればいいという考えが多くなりました。

本来は出家ですから、お寺を守っていくことと親孝行とは別のことです。自分もそうなのですが、他にやりたいことがあるのに無理をしてお寺を継承して片手間と言われて法務をしても、自分や家族ばかりでなく周りも幸せから遠ざかってしまうと思います。

終活セミナー

長谷雄 蓮華ご住職がおられる愛西市の大法寺の終活セミナーに参加させていただきました。

こちらのセミナーは、いつも多くの方が参加されて会場は大盛況です。
母と同じ世代の高齢の方々が、長谷雄ご住職を慕って集まってこられます。

今日のテーマは生前整理と車の終活でした。祖母は後世の者を信用して、母が苦労をしていました。最近になって掛け軸や茶道具の価値がわかってきたからいいのですが、生前のうちの整理やら引き継ぎが必要ですね。
三輪陽子さんが、生前整理のことをご説明くださいました。三輪さんと名刺交換しようとすると、「桑海さんですね。」と覚えていてくださいました。以前にお会いしたことを失念していました。早くも終活の年代かもしれません。

その後は車の終活のお話しでした。40年前に父が自死したとき、父のカローラを手放すことを残念に思ったものです。

自分が元気なうちに片付けておかないと、後世の者は嫌な思いをします。残していいものか手放したほうがいいのかわからず困ってしまいます。

そんなことがないように、終活をして軽くして余生を過ごしていくのがよい生き方ではと思い会場を出ました。

大法寺のお寺の本堂やお墓をお参りすると、いつも新しい発見があります。

AIと仏教

京都の花園大学へ行き、佐々木閑先生の「AIと仏教」という講義を受講してきました。

私は社会が好きで、数学や理科は苦手でした。「桑海は社会だけだよ。」と同級生から嘲笑されたものです。

数学の関数や化学や物理は大の苦手で、中学校の担任に先生によく叱責されました。数学の宿題でチャンペラ(解答つき参考書)を使ったのですが、先生にバレバレでした。

今でいう広汎性発達障害なのですが、それでも社会生活をして住職の任務をこなしているのは、同業者の中でいち早くパソコンを取り入れて、今ではAIを用いて情報を取捨選択して管理して共有しているからです。

そんな私のやり方を地元では白眼視されます。「よく頭で考えていかないと自分のものにならない。門よりいるは家珍にあらず。」というお考えも大切ですか、多くのご縁があり忙しい毎日を過ごしていると、AIの力を使いたくなります。

佐々木先生の講義は斬新なものでした。「AIは仏教の諸法無我の教えに通じるものがある。」と説かれました。講義内容を詳しく書きませんが、AI時代になっても人間の生き方を見つめて、大切に過ごして行きたいと思いました。

うちのお寺でも「AI副住職」という企画のご提案をいただいております。私は「AI執事長がいい。」と主張しているのですが、今後人口減少の時代で、的確にコミュニケーションしていく上で、よき秘書でありパートナーになるでしょうね。