五月晴れという言葉のように晴れ空が広がっています。
樹木が青々として心地よいです。観音さまの前にお花が手向けられています

皆さまのお越しをお待ちしております。

五月晴れという言葉のように晴れ空が広がっています。
樹木が青々として心地よいです。観音さまの前にお花が手向けられています

皆さまのお越しをお待ちしております。

うちのお寺の北側の揖斐川町から帰ってくると、大きな屋根のお寺を見かけてお参りに行きました。
こちらは神戸町にある真宗高田派の永徳寺で、高田派の中でも由緒寺院であるようです。

本堂前でお参りをしていると、ご住職が出て来られました。私の顔を見て、「桑海さん」とお声をかけてくださいました。
父と中学校の時の同級生で、面影がよく似ているようです。神戸町仏教会の会長を12年勤めておられたようで、その2代後を引き継ぐ私に会長の心得を説いてくださいました。
高田本山にお参りさせていただいたことや、高田派の布教使の村上英俊和上に法話にお越しいただいていることをお伝えしました。
お寺は住職だけでなく、多くのご縁で成り立っていることを感じることができました。

本堂で四十九日法要を勤めた後、樹木葬墓地で納骨式がありました。
新しいご縁の方が次々とお入りくださり、お寺は活性化していきます。
私は葬儀やその後の年忌法要をお断りすることはありません。私を頼ってくる方にはどなたでもお受けいたします。
先日訪ねて来られた方からご質問があり、このようにお答えしました。「私がいつもYouTubeでご法話を聴聞している老師さまに、母の葬儀の導師をお願いしたいと常々思いますが、おこがましいことです。私はそれほどの地位はありませんし、フットワークの軽さが取り柄ですので、どこへでも行きますよ。」とお答えしました。
こんな私を頼って訪ねてくださる方に、法施をお届けしていきたいと思います。

一日中雨が降っていました。
夕暮れ時に樹木葬墓地を見に行くと、草が伸びています。法衣のまま草取りをしていました。
葬儀から帰ると、お客さまがお越しになりました。お坊さんの人生相談のサイトhasunohaのご縁で訪ねて来られました。
私にはカウンセリング能力や傾聴能力はあまりありませんが、できる限りの回答をさせていただきました。
これまでは「お経を上げてほしい。」というお客さまはお越しになりましたが、人生相談のお客さまが続くのは、歳を重ねたからかもしれません。

葬儀の出仕の前に服装チェックをしています。
私は法衣や袈裟のたたみ方が雑でうまくないので、雲水の時は隠侍(老師のお付きの僧侶)を任されることもありませんでした。
29年経って少しはまともになったようですが、まだまだ隠侍レベルではありません。
法衣や袈裟にしわがないかチェックしています。

今回の担当者は19歳の若者です。まだおぼつかないですが、私の雲水時代を見ているようでした。
「冨安徳久社長ご一家にはお世話になっています。冨安社長も18歳で葬儀業界に入られたので、あなたも頑張ってください。」とお伝えしました。

床の間に南無阿弥陀仏という掛け軸をかけました。
桑海は浄土真宗に宗旨替えしたのかと思われそうですが、決してそうではありません。
こちらの書は、大正時代から昭和初期にかけて、妙心寺の僧堂で指導された平元徳宗老師の書であるようです。
10年ほど前に、名古屋の政秀寺での法話会で河野太通老師がこのように言われました。
「臨済宗のほうで、自力(本願)やら他力(本願)と区別することはない。仏様にすがることもあるのだ。」と説かれました。
学校の教科書や世間常識を学んだだけだと杓子定規に判断して、他宗派の教えの一部分にも入ると否定されることがあるのですが、お釈迦さまの教えを受け継ぐわけで、ゆったりととらえて行きたいところです。
昨日今日と嫌がる母を無理矢理に病院に連れて行きました。結果は何の以上もありませんでした。自力でも他力でもなく、これは正見かと思いました。心配症で目が曇っているかもしれません。

コナミスポーツクラブに通うようになって20年経ちます。
一緒に入会した高校の時の同級生は、すぐに退会しましたが、運動嫌いな私でもよくこれだけ継続できたものです。
先日、運動を終えて帰ろうとしたら、住職塾でご一緒した真宗大谷派のお寺のご住職にお会いしました。

こちらのご住職は同郷で高校の先生を長年勤務されて、母と同い年という共通項があり、12年にわたりお世話になっています。
4年前の人生最大のピンチの時もお寺まで駆けつけてくださいました。
スタジオが空いていたこともあり、30分ほど立ち話をしていました。以前は新大阪から大垣まで3時間ぶっ通しでお話しをしていたこともありました。
浄土真宗のご住職は同朋という言葉を大切にされるのを感じました。主君と家臣ではなく、対等な同朋なのだと思いました。
夕暮れ時に庭や樹木葬墓地の掃除をしていました。
4月から草が生えてきて、困ったものだと思いましたが、必死に頑張って草取りをして、ようやく落ち着きました。

本堂の前の木が色が悪くなってきて、庭師さんにLINEで写真を送ったら、すぐにお越しくださいました。この木も世代交代の時期に来ているようです。

円満に次の世代への継承することへの、仏様からのメッセージかもしれません。
夕暮れ時になると動き出したくなり、本堂の掃除を始めました。

しばらく掃除していないと、ホコリがたまってきます。隅から隅まで掃除をしていました。

樹木葬墓地を見に行くと、花立ての間にカタツムリが止まっていました。新緑の色が鮮やかになってきました。

その後、濡れ縁の雑巾がけをしていると、日が暮れてきました。

仏具屋さんにお越しいただき、本堂内の整備をしていました。

お寺にある仏具や備品は経年劣化していくものです。
私の幼い頃は、本堂に猫が侵入してきて遊ぶほどでしたが、住職になってからは家族や檀家さんの協力できれいに保っています。

曾祖父の頂相(ちんそう 肖像画)が劣化していたので、少し補修をお願いすることになりました。曾祖父は痩せ型面長で、叔父によく似ています。
思い出の品や記念写真や老師さまからのお手紙を額に入れて、掲示しました。

住職の活動は30年から40年(私はおそらく50年を超えます。)で、お寺の歴史は300年以上で、自己満足という意見もありますが、中継ぎリリーフではなく、蓮如さんや白隠さんのように立て直していき、後世のお役に立って行きたいと思います。
