願成寺をお参りした後、車で5分くらいの所にある月眞寺をお参りしました。

竹中半兵衛のお父さんの竹中重元のお墓や、旗本の加藤平内のお墓がある由緒あるお寺でした。
外から本堂をお参りして、お庫裡さまにご挨拶してお寺を後にしました。

願成寺をお参りした後、車で5分くらいの所にある月眞寺をお参りしました。

竹中半兵衛のお父さんの竹中重元のお墓や、旗本の加藤平内のお墓がある由緒あるお寺でした。
外から本堂をお参りして、お庫裡さまにご挨拶してお寺を後にしました。

地元でも、お寺より北の揖斐郡の方に行くのは、たまにしかないことです。
最近ご縁のできた若い和尚さんのお寺をお参りしようと、揖斐郡大野町にある願成寺をお参りさせていただきました。

お留守のようで、外からお参りさせていただきました。ご住職も副住職も兼業されてお寺を守っておられるようで、苦心されているのが伝わってきました。
これからご縁を深めていきます。

お寺へ帰ると、雨が上がって、きれいなアジサイが咲いていました。
午前中は、業者の方がお越しになって、備品の見積もりをお願いしました。
この方は、「物価が上がって以前よりも、見積もり金額が高くなります。物価が上がっても、給料はそれほど上がりません。」と切実な悩みを吐露されます。
私は、「私は年金の仕事をしていて、母の年金額改定通知書を見ると、年金額が上がったように見えるのですが、物価上昇率ほど上がっていない。これはまやかしですね。」とお話ししました。
うちにお越しのお客さまは、何でも話していかれます。綺麗事や報恩の道徳で語るのではなく、事実をありのままに語って、傾聴していくのが大切だと思います。

臨済宗妙心寺派の岐阜西教区の檀信徒の集まりである、花園大会が岐阜県山県市の東光寺で開催されました。
うちの母と檀家さんの運転手で、私も参加させていただきました。

こちらのお寺は、幼い頃に祖父に連れられて、先先代の小倉東英和尚さまにお会いしました。さほど愛想もなくかわいがられることもなかった私ですが、東英和尚さまはかわいがってくださり、私の名前を書いた墨蹟を書いてくださいました。

そんな思い出のある東光寺にお参りさせていただきました。日頃から活躍の姿を風の便りでお聞きする彦坂ご住職にご挨拶して、玄関を上がっていきました。
懐かしい旧友と世間話をして、開式までお待ちしていました。
その後、妙心寺派の財務部長に就任された羽賀 浩規和尚さまのご法話をお聴きして、信仰を檀信徒の皆様にお伝えしていく法材をいただくことができました。
岐阜県西部では、圧倒的に浄土真宗の力が強くて、修行してきたことをそのまま伝えていこうとしても、忌避されてしまうことが多くあります。
羽賀和尚さまのご子息へのご指導の苦労話しは、聴衆の皆さまの心に響いたと思います。

長慶院のご葬儀の後、うちの近所のお寺のご住職の横関和尚さまがお手伝いに来ておられる、妙心寺塔頭の東林院にお参りさせていただきました。

沙羅と呼ばれる夏椿を愛でに多くのお客さまがお越しになっていました。
横関和尚さまに、お抹茶とお菓子をいただき、ゆっくりと沙羅を愛でていました。
静岡県沼津市からお手伝いにお越しの石黒和尚さまと世間話をして、お寺を後にしました。

長慶院でのご葬儀の前に、妙心寺の法堂や大方丈で書家の金澤翔子さんの展示会が開催されていて、見学させていただきました。
法堂の中は、撮影禁止でしたが、大方丈では撮影可能でSNSへの掲載も可能でした。

これほどの作品を書くことができる才能と集中力はすごいですね。私も少しは見習って書の練習をしていきたいです。
こちらの受付で、静岡県浜松市の龍雲寺の木宮和尚さまにお会いしました。9年ぶりで、木宮和尚さまの企画力は秀逸であると感嘆しておりました。
花園禅塾塾頭の和尚さまもご挨拶させていただきました。

大本山妙心寺の塔頭寺院の長慶院の小坂興道ご住職のお母様のご葬儀告別式に参列させていただきました。
それほど多くない臨済宗の和尚さんの法友のうちで、20年前に各務原市の少林寺でご縁ができて親しくさせていただいています。
19年前の高等布教講習会の折に、お母様にお会いしました。
妙心寺派の中で、4つのグループに大別されていますが、こちらのお寺もうちのお寺もそのうちの聖澤派に属していて、よくお会いしてお世話になっていました。
離れていてもご縁の深い間柄で、参列させていただきました。
妙心寺派でも、微妙に作法や鳴らし物やお経のリズムが異なるものです。
多くの参列者がおられて、お母様やご住職のご人徳を感じておりました。

夕暮れ時は、雨が小降りになっていたので、草取りをしました。
それにしてもよく伸びてきます。
ゴミ袋いっぱいになりました。

7時になって、長谷雄 蓮華上人のラジオ番組を聞いておりました。
雨沢と言って、沢山の恵みの雨が降っています。草が伸びてきたのも、雨の恵みです。
今は、人手不足の時代になりました。恵みの雨のもと、自分でできることを進めていきたいところです。

明日は京都のお寺まで葬儀へ行くので、支度をしています。

今日から梅雨入りしたようで、明後日まで雨が続きます。一昨日に除草剤を撒いたところで、効果があるか心配です。
今年は、東京 横浜 鎌倉 京都 大阪と行脚(あんぎゃ 諸国を巡って修行)しています。留守番役の母は渋い顔をしています。

午前中は葬儀がありました。
最近になってご縁のできたお宅で、家族構成はあまり存じ上げませんでしたが、ヒアリングをさせていただいて、戒名や引導法語を考えさせていただきました。
ご戒名には「五蘊」の二文字を入れました。五蘊を説明すると、30分はかかりますので、大まかに説明させていただきました。
無事に初七日まで終わって、ほっとして帰宅しました。
大垣市の鶴見斎場へ行くと、樹木がよく剪定されています。こちらに初めて来たのは、41年前に母方の曾祖母が亡くなって火葬場と知らずに来たものです。
「ここで初めて人の死を知った。お坊さんになろうと思った。」と申し上げても過言ではありません。

いろんな紆余曲折があったことを思い出しておりました。こちらの葬儀社には、ご近所の若い和尚さんがよくお越しになっているようです。
私は葬儀社の職員に、「私は若さや器用さはないが、ゆっくりとお経を読んで、ゆっくりと話すのですよ。のぞみはないが、ひかりはあるのですよ。」と禅問答のようなことを語っていました。
