大悲院

大垣市の大悲院の施餓鬼会に行きました。
こちらのお寺は、敬老の日に施餓鬼を行う習わしになっていています。
高校の先輩のご住職に令和になってから代替わりして、導師をされていました。

先代のご住職夫妻は高校の教員をされていた秀才で、私もいろんな人生訓を学びました。20年ほど前に、このお寺の前を自転車に乗った高校生カップルが路上キスをして、先代和尚はお叱りになったお話を思い出しました。

私が高校生の立場なら、懲りずに、「今日は和尚さんの説教部屋はないのかな。」とふざけたことを考えていたと振り返っていました。

長年の繰り返しで、いろんなことが思い浮かびます。

伊藤上人がお越しになりました。

未来の住職塾でご縁ができて、11年の法友の伊藤禎顕さんが三重県津市からお越しくださいました。

昨年の今頃、私が伊藤さんのお寺をアポなし訪問して、ご両親がご丁寧に対応してくださいました。

今回は伊藤さんが足をお運びくださり、2時間ほど客間でお話しさせていただきました。伊藤さんは長年にわたってお寺のお仕事をされていて、お寺業界へのご見識はずば抜けておられました。また蓮如聖人の時代から、大衆教化をされてこられた本願寺派の伝統を受け継いでいらっしゃいました。

 

 

本堂をご案内して、曾祖父の布教師の免状を案内すると、曾祖父の全禎と禎顕上人の禎が同じ字ということで、因縁を感じておりました。

住職塾に入るまでは、お坊さん同士の前向きで建設的な話しはなかったのですが、こうしてご縁が広がり、大衆教化の基本を教えてくださり、ありがたい思いです。

 

長生きしないと、後悔してしまいます。

 

世間話から

午前と午後に法事がありました。
若かりし頃は、お経が終わるとそそくさと引き上げたものですが、年を重ねるごとに世間話が長くなります。

午前中は葬儀の生前見積もりの話しがありました。50歳に近くなり、聖俗の両方を説明できるようになったので、縁起でもないと思われる話しが進むようになりました。

 

 

午後からは、ご近所のお宅の一周忌でした。こちらは、当たり障りのない世間話でした。「○○という名字は、大垣では少なくて、同じ名字だと親戚と思われる。」とおっしゃるので、「お世話になるコンサルタントさんも、○○さんです。桑海という名字は珍しくて、父が大垣市役所に勤務していた時の同僚の方からお声がかかります。」と差し障りないお話しをしていました。

このお宅の今日の法事は、お父さんとドラッグストアでたまたまお会いして、予約が入りました。
昔は、ご当主がお寺にお越しになって、法事の予約をされたものですが、敷居の高い設定にしていくことはできません。

世間話でご縁を広げて、庶民派で過ごすことが田舎の小さなお寺の住職には必要なのです。

このお宅のお母さんと、「一昨日ドラッグストアで、渋い作務衣で買い物しているのを見ましたよ。」「声を掛けてくれればいいのに。」という会話がありましたが、これは昔のどこかでの会話を思い出します。

 

円覚寺

鎌倉の円覚寺まで行き、禅文化研究所の勉強会に参加してきました。

 

 

禅の修行は己事究明と言いますが、私は小さなお寺を継いで、お葬式や法事や年中行事のお経を上げて、平日は他の仕事をしていればいいと、片手間の跡取り息子として育ちました。
修行道場には行きましたが、短い期間で終わり、資格を取るだけのもので、坐禅や老師の提唱の時は居眠りをよくしていました。

 

 

お寺専業で毎日を過ごすようになり、軌道修正をしていかなければと危機感がありました。もう一度修行に行きたいと思いますが、仕事を増やして年老いた母に留守番を任せることもできず、YouTubeでいつも法話を発信される横田南嶺老師が指導をされる円覚寺で、禅文化研究所の勉強会があることを知り、いざ鎌倉と御家人のように馳せ参じました。

 

 

最初は平林寺の松竹寛山老師の坐禅指導がありました。29年前の雲水時代は、何も知らずに無鉄砲に入門して、坐禅をしようにも居眠り常習犯でした。松竹老師からストレッチや軟酥の法を学び、苦痛と忍耐の坐禅を変えていくことができそうです。駒沢大学の小川隆先生の禅語録の講義は卓越でした。臨済録は臨済宗の教えのバイブルのように認識していましたが、実は世間話のように臨済禅師と弟子のやり取りをまとめたようなものです。「けなしてほめる。」と若い頃から教わったものですが、臨済禅師も喝とけなしているようでほめているやり取りが多くありました。

 

 

区役所勤務の時、年上の女性職員がおニューの真っ赤な服を着ていて、「ダルマさんみたいですね。」と言ったら烈火の如く怒られました。「尊いお方ということですよ。」と言い訳をしましたが、臨済禅師のようにはいかなかったものです。

 

その後、横田南嶺老師の提唱がありました。提唱とは、老師が高い演台から修行僧に向けて禅語録を説いていくものです。私は若い時は居眠り常習犯でしたし、内容もわからずメモを取ることもできず退屈な時間でした。
横田老師は半眼でスラスラと臨済録の一節を説かれて、迫力がありました。

小川教授が司会で2人の老師との鼎談では、松竹老師がお若い頃に吃音で苦労されて悩まれたお話しをお聴きしました。

松竹老師とお会いしてから19年が経ちます。私が修行道場に入門したのは19歳の時で不思議な因縁を感じます。

私は怒られないように嫌われるないようにして修行生活を過ごしましたが、後から入った人に、「楽して住職になった。」と嘲笑されて、「要領のいい人がいい。」と不器用で手際の悪い私を否定されたものです。

円覚寺まで伺って禅僧であったことをよかったと思いました。また実践第一の禅修行と言いますが、訳もわからないうちに修行や布教をすることは、曲解して間違った教えを伝えてしまう危険があると思いました。

何事も完成したと思ったら、また更新していく必要があると思いました。

受講2日目

宗教法人実務研修会の2日目の講義がありました。
今日は宗教法人の会計について、公認会計士の先生から講義を受けました。
宗教法人の会計について学んだことはあまりなくて、祖母や先輩方からお聞きして会計をしてきましたが、大きな不安がありました。
今では税理士の先生にお世話になっていますが、丸投げではなく自分がわかっていなければいけません。

最前列に座って、質問をさせていただきました。質問が多くて、私の名前が検索されていることでしょう。

お寺の住職は、聖と俗の部分がバランスよく均衡が取れていることが求められるようです。聖の部分はお寺の住職として宗教的指導者として教化して、俗の部分は宗教法人の代表役員として、経営や財務を安定させて、社会貢献をしていくことが求められていることを気づきました。

籠っているのではなく、積極的に社会に出ていかないと気づかないことが多くあるものです。

受講第1日目

神戸町仏教会の会長としての、宗教法人実務研修会の受講第1日目が終わりました。
文化庁、日本宗教連盟、消費者庁、国税庁、岐阜県庁の職員による講義はヘビーでしたが有意義な時間を過ごすことができました。

質疑応答の時間に、国税庁の職員に質問をして、ご朱印や納骨堂の取り扱いについてお尋ねしました。

講義終了後、ご講師の皆さまと名刺交換をしました。皆さまがおっしゃるには、お坊さんは宗教法人の実務には疎いと厳しいお言葉がありました。
私も疎いので、専門家にお尋ねして実務をしております。

私は宗派の役職でもない一無位の真人ですが、今後の荒波に耐えられるように実務を学んでいきたいです。

和敬清寂

床の間の掛け軸を替えました。
朝比奈宗源老師の書かれた和敬清寂です。
お寺は敷居が高くて、なかなか足を向けられないという方もいつでもお越しください。こだわりのない心でお招きします。
明後日は、円覚寺へ向かう予定です。朝比奈宗源老師の足跡もたどっていきたいと思います。

宗教法人実務研修会

これから、文化庁と岐阜県主催の宗教法人実務研修会に参加します。
居眠りをしないように、最前列に真正面で受講します。
知人の和尚さんを探していたら、元財務部長の松久宗心和尚さまにお会いしてご挨拶しました。

易経教室

名古屋のNHK文化センターで易経の講義を聴講してきました。
今日は南部先生による関ヶ原の戦いの読み解きでした。

圧倒的に西軍有利とされる戦略や配陣の状況のもと、家康の謀略や配慮のもとで、今のサラリーマンの勤務時間のうちに東軍が圧勝した背景や想定外のことを、1時間かけて詳細に説明してくださいました。

小学生4年生の時に、徳川家康の伝記を読んで、一気に興味を持ちました。数学や理科は苦手でも社会は点数はよかったものです。

今なら、「博士ちゃん」と持ち上げられるかもしれませんが、当時はあまり評価されなかったものです。「うちの子は徳川家康の本ばかり読んで、夏休みの宿題は後回しです。」と母や祖母は嘆息していたものです。

そのような思い入れの深い関ヶ原の戦いを、こうして長年にわたって学ぶことができるとはありがたいことです。

関白太政大臣を「かんぱくだいじょうだいじん」と読んで祖母が呆れていました。

何事も否定せずに、この世の理から眺めていくと、真実が見えてくるものです。

「一寛のいまの学力では岐阜大学に入れない。」と祖父母は嘆いていたようですが、出身大学とお寺の経営とは関連性のないもので虚妄であるのです。

易経の学びで、物事をとらわれでなく、クリアな目で見る正見に近づいていくことができそうです。

掲示板

施餓鬼やお盆や遠方での葬儀で動き回るうちに、うちのお寺のことを後回しにしていました。
掲示板のポスターを貼り替えました。

道行く人が穏やかな気持ちになっていただければと思います。

夕暮れ時には、草取りをしていました。エネルギーがあるのはいいのですが、これだけの草を取るのは大変です。