お墓の前に何かお供えされていました。
チョコレートがお供えされていて、故人へのバレンタインチョコのようです。
いいですね。私は義理チョコしか頂いたことはありませんが、お墓に入ってもバレンタインチョコをお持ちくださるとは、故人は慕われていたことが拝察されます。
お坊さんは、型にはめようと強要することが多く、手間がかかることは省こうとされる方が多いのではと推察します。
お墓参りは、慕情を表現する儀礼であり、故人に語りかけるために、いろんな表現があってもいいと思います。当然、節度を求めます。
お墓の前に何かお供えされていました。
チョコレートがお供えされていて、故人へのバレンタインチョコのようです。
いいですね。私は義理チョコしか頂いたことはありませんが、お墓に入ってもバレンタインチョコをお持ちくださるとは、故人は慕われていたことが拝察されます。
お坊さんは、型にはめようと強要することが多く、手間がかかることは省こうとされる方が多いのではと推察します。
お墓参りは、慕情を表現する儀礼であり、故人に語りかけるために、いろんな表現があってもいいと思います。当然、節度を求めます。
テレビを見ると、平成の大合併のことが取り上げられていました。
わが地元の神戸町も25年前から、周辺市町村とともに大垣市と合併するプランがありましたが、住民投票で否決されて頓挫しました。
大まかに言えば、神戸町の人口は2万人弱で少なくて減少していくが、法人税が入ってくるので財政的に健全であり、大垣市と合併すると、赤字補填することになることが想定されるので、「自力で進んでいくべきではないか。」という意見が多数を占めたからだと思います。

お寺の統廃合もうまくは進みませんね。やみくもに宗派に届けている檀家数で合併案をぶち上げると反感を買います。
「うちは門徒数20軒で、お御堂の修復費用で1軒100万出した。もし近所の門徒200軒の大きなお寺と合併するとすると、負担が軽くなるように単純に思う。ただね、大きなお寺は宗費や交際費が多くて、収益事業から補填しているんだよ。葬儀のお布施も割高でね。結局合併しても負担は軽くならないんだよ。」と法友と上方でお話しした時に打ち明けられました。
トップダウンで進めていっても、結局はなじまないわけですね。

母校の選抜甲子園出場おめでとうございます。
こちらの卒業生であることを誇りに思います。
入学した34年前は、公立高校への入学者が優秀とされて、公立高校合格者の名前が中日新聞の地域欄に掲載されたものです。
戦前では数少ない公立女学校の卒業生であることを誇りにしていた祖母は、家名を汚すものであると嘆いたものです。
卒業して何年も経って、こうして誇れるのはありがたいことです。世間の評価などは変わっていくものです。

大雪が降っていましたが、夕方には溶けてきました。
雪が溶けてきた頃、役場から電話があり、お尋ねがありました。
墓地経営許可申請の時に、申告したことばかりですが、県庁から「全件調査せよ。」とご指示があったようで、7分にわたってお答えしました。
もちろん仏教を信仰される方を埋葬しております。土葬などはできませんし、原則としてうちのお寺で葬儀や法事をされる方をお迎えしております。
岐阜県庁としては、集落墓地からお寺の境内墓地に改葬される方が増えてきたので、宗教活動として墓地経営がされているのか全件調査をされるようです。
私は、石橋を叩いて渡るもので、法律家やコンサルタントにお尋ねをします。行政からの指導というリスクを考えずに進む代表役員さんもいらっしゃるようです。
一代で大成した豊臣秀吉には、名参謀の弟秀長がいたわけで、大きなエネルギーにはブレーキ役や指南役が必要であるようです。

年末年始と懇親会へのお誘いを、お断りすることなくフル出席していたら、胃腸が音を上げて胃腸風邪を患ってしまいました。
「ゆっくり休みなさい。」ということなのでしょう。久々に自宅療養しています。

電話があり、お客様もお越しになり、のんびりともしていられません。
夕方の鐘を鳴らす頃には、雪が建物を覆っていました。

岐阜市内で葬儀があり、車で向かいました。東海環状自動車道ができたので、ナビは高速道路を使うように指示してきますが、命令されるのが嫌いなもので、ゆっくりと一般道を走っていきました。
人手不足の影響はセレモニーホールや火葬にも出ています。
セレモニーホールでは、女性スタッフがお一人で動いておられます。火葬場では60歳以上の職員が業務用スマホを使用して動いておられました。
今後、葬儀業界は安値競争で進んでいくわけで、人件費は削減されていき、従事する人の仕事量は増えていくことでしょう。
大変な時代になってきました。

書庫から涅槃図を取り出そうとすると、祖母の簡単な遺言書が出てきました。

「表具屋さんに相談して、貴重な物なら表装しなさい。」と28年前の申し送り事項が書かれていました。
当時は祖母が元気でしたから、自分で鑑定なり表装をしてもらいたかったのですが、お墓の前でぼやくこともできません。
どなたかに鑑定をお願いしようと思いますが、はて表装するようなものでしょうか。

涅槃図は、明治時代の誠応和尚が描いたものです。絵を描いて生計を立てていたのかもしれません。
祖父が他界して40年で、祖母が他界して14年経ちますが、まだまだ引き継ぎ事項があります。
お釈迦さまが入滅されたのは、2000年以上も前ですが、お釈迦さまからの引き継ぎをしているのかもしれません。

犬山市の瑞泉寺から帰る途中、岐阜駅で昔の路面電車の展示を見ました。
今から21年前まで、道路に並走していたのですが、利用者減少により廃止されたようです。
57年ほど前に、母が短大に通学する手段で利用していました。
私は利用した覚えはありませんが、車窓から眺めていました。
岐阜県の江崎知事が、路面電車を復活するビジョンをお持ちのようです。
果たして持続できるのか疑問ですが、総論としては楽しみですね。
岐阜市も人口が減少しているようですが、南北で20km以上のアクセスをよくすれば活発になるかもしれないと思いました。

30年前に掛塔(かとう 入門)した犬山市の瑞泉寺の開山忌にお参りさせていただきました。

御開山の日峰宗舜禅師の578年目の命日を前に、法縁のある和尚さまや檀信徒の方々がお参りされていました。
運転に難のある私は、車を使わずに電車で向かいます。瑞泉寺の真ん前に犬山遊園駅があり、無事にたどり着きました。

中門前から本堂に向かう間は、庭が模様替えされていました。原田径宗老師のご指示のもとに改造されて、きれいに整えられていました。

原田老師や旧知の和尚さまにご挨拶して、法要に参列させていただきました。
寒い中、古式からの儀礼で開山忌が執り行われました。老師の香語で「老婆親切」という臨済録のくだりがありました。楞厳呪というお経のテンポがやや早かったような気がしますが、ローカルルールというものがあるようです。

お経の後に斎座(さいざ 昼食)をいただきました。隣におられた先輩と昔話をしていました。
30年間、苦難がありながらも進んで来られたことに感謝して瑞泉寺を後にしました。

30年来の法友である横関和尚さまの徳秀寺の大般若会にお参りさせていただきました。
32年前に高校生の時は、自転車で来ました。石碑には草書で書かれていて読めず、向かいの家の方に、お尋ねしたものでした。

横関和尚さまのご人徳を慕って、多くの檀家さんがお参りされていました。
今年一年よい巡り合わせがあることでしょう。