歴史は繰り返す。

うちのお寺には、妙心寺と大徳寺の管長を歴任された後藤瑞巌老師の墨蹟が多くあります。
その由来はどこかと考えていました。後藤老師は、大垣市の円成寺の住職をされていました。後継者の日吉文亮老師とうちの祖父が、妙心寺の僧堂で修行同期であったことを聞いておりました。

そのご縁もありますが、後藤老師は祖父の大学の先輩であったことも大きいのではてと推測しています。

臨済宗の和尚さんは、大半は花園大学で学ばれます。他の大学の卒業生は、どこか居心地が悪く感じることが多くあります。
少数派の中で、同じ大学の先輩にお会いするとうれしいものです。
埼玉県の平林寺の松竹寛山老師、静岡県の東国寺の塚原和尚さま、浜松市の福応寺の小川和尚さまが大学の先輩で、心強くてありがたいご縁を感じております。

私が祖父と違う道を歩んでいるようで、実は似通っているのは面白いものです。

後藤瑞巌老師は、鎌倉の円覚寺で修行されました。私が横田南嶺老師を慕って、円覚寺へよく行きます。高校の時にお世話になった、池田町の安国寺の日下和尚さまは、朝比奈宗源老師を慕って、円覚寺で修行されたことをお聴きしました。

お寺の世界は、歴史が繰り返していくものです。

大衆を教化するには

東京駅近くの東京ミッドタウン八重洲まで行き、船井総研の寺院経営勉強会の勉強会に参加してきました。

会場に入ると曹洞宗や浄土真宗のお寺のご住職が多く出席しておられます。臨済宗のお寺数に比べて、3倍ほどもありますが、支配者の庇護で護持してきた宗派が現状維持で進んで、迫害を受けながらも大衆を教化して勢力を拡大してきた教団との、伝統的なモチベーションの違いがあると思いました。

福島市の曹洞宗の安洞院の横山ご住職のお話しをお聴きしました。古くからご縁のある檀家さんに加えて、お墓からご縁のできた世帯を融合させて、お寺を舵取りされています。

私が最近思うお寺のリスクに、建て替えがあります。うちでは奇跡的に本堂を修復して、庫裡を建て替えましたが、同じようなことが今後できるとは言い難いものです。
ご寄進をお願いしても、拒否されて離檀されて、やがてはお寺が成り立たなくなるというリスクです。

横山ご住職は、クラウドファンディングを活用されて、お寺とのご縁を深めていくために、勧進を募っていき、お寺をさらに底上げされていかれることをお聴きしました。

「欲張らなくても一生安泰だ。先代が本堂も庫裡も新築してくれたから、自分の代は大丈夫だ。」とおっしゃったご住職の後継者が嘆いておられる姿を拝見しました。

栄枯盛衰のあるのはどこの業界でもありますが、お寺の世界はまさにその局面にあります。

「あとから来る者のために、苦労をするのだ。我慢をするのだ。」という坂村真民先生の詩を、横田南嶺老師のご法話で拝聴します。

「人口減少して、檀家さんが減って、もうお寺はやっていけない。生活保護を受ければいい。」と言うのではなく、あとから来る者のために、大衆を教化された教団を見習って、仏縁を深めていくことが大切であると、帰りの新幹線で振り返っています。

絶対的な正しさはあるのか。

世間を騒がせた前橋市の市長は、市民から評価されて当選したわけで、倫理的な良い悪いや正しさなどは人によって異なるものです。
お坊さんだって、同業者からは悪く言われても、檀家さんからは良い評価を受けることがあります。昨年お亡くなりになったご近所の和尚さまは、お坊さん仲間からは、人格者と評価されていましたが、檀家さんの評判は良くなくて、住民税を4年も滞納されていました。

群馬県知事のように偉くなると、「自分の言い分が正しい。みんな従うべきだ。」と姑や小姑のようなことを言われたのですが、これこそが民主主義の基本から外れていると思います。
「私は間違っていると問題提起するが、最終的な判断は市民がするのだ。」というのが本来のあり方です。

私も、大きなお寺をクビにされて、区役所勤務になると、「あいつは、お寺がダメになるといつも役所に行く。」と批判されました。
そうすると、「年金受給者をお坊さんにスカウトする。」と、批判された和尚さんがプレスリリースして呆れてしまいました。

刑法に反する悪はいけません。ただし、絶対的な正しさはあるのでしょうか。

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漢詩作成講座

2日続けて、京都の花園大学へ行き、漢詩作成講座を受講してきました。
30年来の法友である、橋本尚宗和尚とご一緒しました。
祖父が、国文学で教壇に立って漢詩を自分で作成していたのですが、偈頌と言って禅の教えを漢詩にまとめるには、長年の蓄積が必要となります。

私が26年前に、晋山式の折には、ビギナーズラックでうまくできたのですが、今では頭を抱えて作成しています。
昨晩に必死になって作成しましたが、桐野先生からご指摘がありました。

橋本和尚は今年に晋山式をされるので、「開山さまの夢窓疎石禅師のお言葉を挿入してはどうですか。」と差し出がましくも、アドバイスさせていただきました。

私の話しは長いとご指摘がありますが、コンパクトにまとめる漢詩を作成して、コンパクトに話しをまとめていきたいと思います。

帰宅すると、皇居では歌会始が行われたとテレビで放映されていました。詩は短く整っているから、伝わっていくのですね。

不思議な偶然

法事に行く時は、いつもひとり1冊経本を持ってお伺いします。
車で10分ほどのお宅へ、七回忌の法要に伺いました。
コロナ禍が始まる少し前に、お弔いさせていただきました。当時は区役所勤務との二刀流で、慌ただしくしていました。

野球がお好きであったことをお聞きして、球の字をお入れしたのですが、法の字もお入れしました。そうしたら、法政大学でサードを守られて、田淵幸一選手や山本浩二選手と同級生であったことを後からお聞きして、不思議な偶然にビックリしたものです。

それ以上にビックリしたのが、お誕生日が私と同じ12月11日、ご命日も11日、結婚記念日も11日という偶然でした。

以前に、うちと同じ町内にお住まいになっておられて、ネット情報がなくても、うちのお寺の情報を収集しておられるようでビックリしました。

世間話のほうが、お経より長くなってしまったのを反省して、失礼させていただきました。

西本願寺 御正忌報恩講法要

花園大学からの帰りに、西本願寺にお参りさせていただきました。
こちらでは、御正忌報恩講法要が行われていて、全国から信仰篤いご門徒さんが集まり、広大な御影堂は満堂になっていました。

私は真正面で、畳の上で正座してお参りしていました。お説教では、「『お誕生日おめでとう』と娘に言っても、『何がめでたい』と娘は言います。どうしたらいいでしょうか。」とご相談があったことからの因縁話しですっと引きつけられるお話しでした。

ご僧侶が50人以上出仕されての音楽法要がありました。オルガンや雅楽器を用いて、堂内のご僧侶や門徒さんが一斉に唱和されていました。壮大で感動しました。皆様が親鸞聖人の前で一体となっていて、信仰の篤さがじわっと伝わって涙が出てくるほどでした。

阿弥陀堂をお参りして、西本願寺を後にしました。うちのお寺で満堂にできるのは、横田南嶺老師をお呼びして法話会を開催して、必死になって集客すれば、近所かクレームが入るくらい、お客さまがお越しになるかもしれないと思いました。

京都駅の新幹線のホームで、背の高い作務衣を着られた和尚さまが新幹線を待っておられました。何と横田南嶺老師でした。ご挨拶をさせていただきました。

思わぬ巡り合わせの不思議に驚く一日でした。不可思議な力で凡夫をお守りくださっているようでした。
この世に生まれたことの不思議に感謝しております。

 

智慧を研ぎ澄ます。 

昨晩からの雪が積もって、朝は雪かきや本堂の濡れ縁の雑巾がけから始まりました。
雪はやんで日が照る中、大般若祈祷会を開催することができました。


何十年も住職を勤めていると、次に何をすれば良いのかわかっていくるものです。
法要の間や、前後の準備やお客様への接遇でも当てはまります。大般若は智慧を研ぎ澄ますのが、本来の意味合いのようですが、住職の認識度を研ぎ澄ます効果もあるようです。

古くからのお客様や新しいご縁のお客様が、足元の悪い中お越しくださいました。

法要の後、檀家さんにお集まりいただき、責任役員の改選の手続きをしました。「昔は当主であるお父さんに、役員になっていただく習わしでした。これからは男女平等で、高市総理がいらっしゃるので、女性のご意見をどしどし出していただいて、住職にブレーキをかけていただきたい。」とお話しして、無事に終わりました。

皆さまに後片付けをお手伝いいただき、コーヒーで意見交換をして終わりました。

昔は上意下達の文化でした。今では対等の立場で意見を効果していただかないと、組織は成り立って行きません。

朝比奈宗源老師のご著書で、「一方は教えを布施する檀那、一方はお寺の維持や布教活動に必要な物を施す檀那」と、住職と檀家さんとの対等な立場の布施を説かれました。

智慧を研ぎ澄まして、ともに布施波羅蜜を進めていく一年にしていきたいと思います。

 

寒波到来

寒波が押し寄せてきて、お寺の境内も雪が積もってきました。


駐車場に塩化カルシウムを散布しましたが、気休めに終わったようです。
明日の大般若会にお越しになるお客様が無事にお越しになるにと願うばかりです。

幼い頃は雪だるまを作りましたが、今ではさほど降り積もりません。穏やかな気候で過ごしていきたいものです。

瑞雲寺 大般若会

ご近所の瑞雲寺の大般若会にお参りさせていただきました。
こちらのお寺まで⒈7kmで5分足らずで到着します。
中学時代は自転車で向かったこともありました。


幼い頃から、中学高校の先輩である高田慈雲和尚さまにお世話になってきました。
コンパクトな本堂を有効利用して、法要が滞りなく進みました。
高田和尚の明るさで、寒波が遠のいていくようです。