盤珪禅師の教え

名古屋市の政秀寺で神戸市の祥福寺の岩村宗昂老師の法話会に出席して来ました。

20年前に河野太通老師の法話を聴聞してから、いろんな苦節があった中でも継続してお聴きして来ました。

岩村老師は30年前にお会いして、2年前に再会してから、同年代の目線からわかりやすく仏法を説いてくださいます。

今日のお話しは盤珪禅師です。30年前に、犬山市の瑞泉寺に入門した時、修行同期の和尚さんが住職をされるお寺の開山さまが、盤珪禅師であると聞いて、初めて知りました。

盤珪禅師の教えが、歳を重ねるたびにじわじわと伝わってくるようでした。

AIの恩恵

宝塚市での法事を終えて、新幹線で名古屋まで向かいます。
私は段取りが苦手で、お盆の棚経のお手伝いに行って、大幅に遅れて大叱責をされたものです。

今ではAIのおかげで、状況判断のとぼしい私でも的確に移動することができます。

宝塚市では、皆さんでお経を40分ご唱和して、法話は昨日観た「徹子の部屋」の増田惠子さんのお話しをしました。
「毎日、遺影に向かって近況を報告している。」そして中島みゆきさんの「慕情」を引用して「もう一度始めから あなたに尽くしたい」という歌詞で、儀礼をこなすことが法事の目的ではないことをお伝えしました。

AIで法話を作っても、一夜漬けで大学の試験を通るような内容ではないでしょうか。こればかりは、人智によるものであると伝わりませんね。

宝塚市

阪急電車で宝塚市へ向かいます。
宝塚というと宝塚歌劇団という華やかなイメージがありますが、閑静な住宅街です。
テレビで故朝丘雪路さんが、宝塚歌劇団に在籍中に、阪急ブレーブス(現在のオリックスバッファローズ)を応援していたという逸話を聞いたけどことがありますが、阪急グループという因縁があると最近知りました。

阪急ブレーブスは、山田久志選手や福本豊選手を擁して強かったのですが、人気はいまいちでした。故野村克也さんは、「阪急ブレーブスは強かったが、広報に力を入れていなかった。(ヤクルトスワローズ監督時に)テレビで発言して、クイズで解答するように選手に指示していた。」とインタビューで懐古しておられました。

今のお寺社会でも当てはまると思います。由緒寺院ならともかく、黙っていてはお客さまは来ませんし、古参の檀家さんも遠のいていくのではないでしょうか。

私は若い頃に黙っていたので、良縁には恵まれなかったので、周囲からは、「静かにしてくれ。」と嘆願されています。

中日新聞に投稿しました。

中日新聞の投稿欄に、私のコラムが掲載されています。
お時間ある時にお読みくださいますと幸いです。

投稿コラムは、私の思いからずれて掲載されて、面食うことが多々ありますが、今回はこちらの思いが伝わっていると思います。

こちらの投稿内容が、新聞社の主義主張とピッタリ合えば掲載してくださるようで、マスコミや出版社とのお付き合いは難しいようですね。

自ら伝えていくことから、思いや信念を広めていく必要があるようです。

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回り道多い人生での再会

昨晩は強風が吹いていて、朝起きると雪がほんのりと庭木を白く化粧をしているようでした。
先日お弔いさせていただいたお宅のご家族がお越しになり、お礼と今後の相談をしていかれました。

大雪の恐れがあり、うちのお寺のLINE公式アカウントで、注意喚起のメッセージをお届けしたいと、お世話になる業者のしゅうごうの担当者にお願いしておりました。

 


担当者の方とはオンラインでのやり取りばかりであると思っていたのですが、20年前に何度かお会いしたことがあるというメッセージが届きました。

当時は、各務原市の少林寺の月参りや盆参りのお手伝いで毎日通勤していたのですが、担当者のご実家は少林寺の檀家さんで、私がたびたび訪問させていただき、お会いしたことがあるようです。

その後16年間、少林寺の敷居をまたいでいないのですが、檀家さんが私の存在や名前を覚えていてくださり、表現力の乏しい私のアシストをしてくださるとはありがたいご縁です。

「回り道の多い人生で、あなたは何をしたかったの?」と質問されるのですが、お坊さんとして生きていきたかったのですが、ご縁や私の表現力に恵まれることがなかったので、迂回ルートを進むことがありました。

嫌な思いをして心を病みながらも、河野太通老師の法話の无名会や、未来の住職塾や船井総研などの超宗派の勉強会でモチベーションを取り戻して、横田南嶺老師、松竹寛山老師、岩村宗昂老師に毎月お会いしてお話しを聴聞しています。

この世に生まれたことの不思議に感謝しております。

20年以上前からの上司からのお手紙

お寺へ帰ってテーブルの上には、封筒が置かれていました。

どなたかと思って差出人を確認すると、23年前に大垣社会保険事務所で、国民年金保険料の徴収の仕事をしていた時の、所長さんからのお手紙でした。

先日に親しくさせていただく藤村紫園ご住職がおられる岐阜市の円光寺の報恩講法要にお参りした時に、奥さまがお参りされていて、ご挨拶して名刺をお渡ししたので、さっそくお手紙をくださいました。

当時はいつも派手なネクタイをして、山口百恵さんやカルロスゴーンさんや田中角栄さんの逸話を訓示に引用されていました。

半分イタズラ心で、「所長さんは『山口百恵さんは大勢のファンと握手して、人との接し方を会得された。』というありがたい逸話を教えてくださいました。臨済宗の老師さんのお言葉以上に含蓄があって、いつも心に刻んで仕事をしております。」と月刊ねんきんという業界誌に投稿したら、そのまま掲載されて、嫌な顔をされたものです。

不思議なご縁で円光寺の藤村ご住職と親しくなって、こちらのお寺の報恩講法要にお参りして、総代役員さんとして重責を担っておられるというのは、仏様の不可思議なお導きです。

当時は、年金制度の逆風が吹いていて、所長さんとしてご苦労が多かったと思います。私は真面目に仕事をしていたかと言えば、疑問符がつきます。

こうして20年以上経って、再びご縁がつながったことの不思議に感謝しております。

導師は葬儀ホールでのセンターです。

午前10時から、うちの近所の町営ホールで葬儀の導師を務めさせていただきました。
導師というと偉そうに聞こえますが、舞台のセンターにいるようで、緊張します。
事前に会場で、JA葬祭の職員さんと打ち合わせして導師の役割を進めました。

新しい取り組みとして、葬儀でもお経本をお配りして、ご唱和しました。
すべてのお経のご唱和は難しいですが、ゆっくりと声を上げて先導しました。

20年前は、鳴らし物があって、これが臨済宗の葬儀の見せ場とばかり、3人ないし6人の脇僧を従えての、まさにセンターの役目で達成感を感じる先達がおられました。
私は、脇僧で出仕して、終わると毎回のように説教部屋で嫌になったものです。まあ、これが今の糧になったところもあります。

葬儀社さんの職員に「弁当がまずい。」とか「引き継ぎをきっちりしろ。」「茶湯器(お茶とお湯の器)がない。」と、親切心もあったのでしょうが、マウントを取るために、思いつきで言われた側面もありました。

ご葬家は、葬儀を上げたいのですが、お坊さんたちのマウント合戦に巻き込まれるのに嫌気が差して、葬儀を上げない人がいるのではないでしょうか。

大きな葬儀を上げたいお宅には、そのようにお勧めすればいいのですが、小規模な葬儀をご希望の方には、シンプルでも心のこもった葬儀を上げて差し上げるべきだと思います。

家族葬であるから、お経本をご覧になって、ゆっくりお経を唱和できるのではと思います。
多くの参列者に挨拶して、お菓子や弁当がないとクレームを言われるよりもずっといいのです。

母には、「私の時は誰も葬式をしてくれる人はいないことでしょう。ただお母さんの時は盛大にやり過ぎて、弟一家や檀家さんは怒ることでしょう。」と語っています。
葬儀などは時代によって、ご家庭の栄枯盛衰によっても移行してくるものです。

私にできるのは、形式的な儀礼を強要するのではなく、導師をして安心をもたらすことです。「喝というのは、故人を叱るのではなく、安心してお向かいくださいという臨済禅師の教えです。」と、引導の時の喝の意味も説明していかないと、かえって不快に思われてしまいます。

お経本の持ち込み

午前中は大垣市のお寺のご隠居和尚さまのお葬式で、夕方からは近所の町営の火葬場に併設される葬祭ホールでお通夜に行きます。

午前中のお葬式は、ホールで行われました。この地に40年前は、ステーキ屋さんがあって、こちらへ行くのを楽しみにしていたものです。「お父さんが亡くなったのに、よく高いお店に行くね。」とご近所から嫌味を言われたものです。

お亡くなりになったご隠居和尚さまは、高校で商業簿記を教えておられました。20年前に、「オレは税理士の資格があるけど、電子会計になって、業務は難しいんだよ。」と語っておられました。

2人の息子さんに後を託されて、ご隠居されました。

お寺へ帰って、戒名を考えて、夕方に近所の町営葬祭ホールに入りました。
お経本を持ち込んで、ご唱和する予定です。
「臨済宗のご住職でお経本を持ち込まれる方は珍しいですね。」とJA葬祭の職員さんがおっしゃっいます。持ち込み料などは請求されないのでしょうが、マニュアルにないことをされるので、驚いておられました。

円光寺 報恩講法要

大垣市の円成寺を後にして、高速道路を使って、岐阜市の北部にある浄土真宗本願寺派の円光寺の報恩講法要にお参りさせていただきました。

こちらの藤村紫園ご住職とは、親しくさせていただいています。本堂が修復工事をされていて、庫裡の仏間で法要が行われていました。

門徒さんのお参りされる中、見慣れない装束のお坊さんが入っていって怪訝なお顔をされました。藤村ご住職のご紹介をいただき、一番前で藤村ご住職のお経でご唱和しました。

臨済宗のお寺でのご唱和はあまり聞きませんが、浄土真宗は門徒との一体感を大切にされて、阿弥陀経をゆっくり唱和されていました。藤村ご住職のお経はお上手ですね。達磨という文言があったのは親近感を感じました。

その後、ご講師の柱本惇先生のご法話を聴聞しました。面白くてわかりやすいお話しで、楽しくお聴きしました。誰でも伝わる因縁話から、親鸞聖人の足跡から、信仰を深めていくお話しへの進め方は法話のお手本のようでした。

臨済宗の法話は、明治時代になって浄土真宗からご講師をお招きして、広がっていったようです。僧堂修行を背景にする傾向があるのですが、一般の聴衆が何を知り、どう信仰を深めていただくかをつかんでお話しすることが大切であると思いました。

帰ろうとすると、ご住職に止められて、玄関前で門徒さんがお帰りになる様子を眺めていました。地域ごとに役員さんがおられて、20年や30年では構築できないシステムだと思いました。話し声で、「〇〇町の△△さん」という声が聞こえてきました。
ひょっとして、23年前に社会人保険事務所に勤務していた時、話が長くて因縁話に山口百恵さんのネタを使って、笑ってしまった所長さんかなと思ったら、まさにその方の奥さまでした。
元所長はお寺にはお参りされていませんでしたが、お元気のようです。「よろしくお伝えください。」と言って名刺をお渡ししました。

いろんな巡り合いがあるのがお寺ですね。報恩の心で足元を照らすことができました。

円成寺

大垣市の円成寺の大般若会にお参りさせていただきました。


土光ご住職が丹精こめて境内地を整えておられました。
埼玉県の平林寺で長年にわたって修行されて、そのマインドがこちらに伝わってくるようでした。
昔懐かしい火鉢があり、室内を暖めていました。


多くの参拝のお客様がお越しになり、ご住職のご人徳を感じていました。

広い広い境内で熱気を感じておりました。