29年前に掛等(かとう 入門)した愛知県犬山市の瑞泉寺の僧堂の入制開講式があり、参列させていただきました。
瑞泉寺に行くには、JRと名鉄を利用するのが最短ルートです。運転のうまくない私が渋滞の国道を進んでいくよりも、電車の方が安心して到着します。

犬山遊園駅を降りて、瑞泉寺に到着して犬山城を撮影しようとすると、名鉄電車が走っていました。
本堂の前はきれいに掃除されていました。

祖師方への回向を終えた後、原田径宗老師による提唱がありました。「自分の心こそが仏である。」とよどみなくお話しをされていて、雲水時代は居眠り常習犯だった私も聞き入っていました。
その後、施餓鬼法要がありました。同じ臨済宗妙心寺派でも、うちのお寺のある大垣近辺とは作法もお経のリズムが違うものです。

29年前は、最初に習った大垣近辺のやり方が正しいと思ってなじもうとしなかったのですが、今では「郷に入りては郷に従え。」とその地域作法に合わせております。
全体的に参加者は多くなかったのですが、私が修行でご一緒した和尚さんは参加されて同窓会のようでした。
29年前は中途半端な気持ちで入門したものです。「身は武蔵野のつゆと消ゆとも」と一年我慢すれば、住職になって家族がお寺に住めるようになると低い志でしたが、これだけ忙しくなるとは思いませんでした。
祖母が、「あんたが我慢して僧堂に行ったので、東京へ行って松原哲明和尚さんや松竹寛山老師にお目通りがかなうようになったね。」と言っていました。
この話しは賛否両論あると思いますが、田舎の小さなお寺の跡取り息子は、僧堂には行かず、短期間の研修で教員か役場に勤務しながらの住職人生が当然とされてきたものです。
甘いも辛いもあった僧堂生活があったから、必死になって住職一本で進んでいるのです。
