自分でお金を調達する大切さ

朝に鐘を鳴らしていると、お隣りのお家の蔵が目に入ってきました。
蔵があるお家は、裕福であることの象徴であったようですが、今では蔵を維持していくのが難しいところです。

昭和27年というと、今から74年前のことです。曾祖母は裕福な隣りの家と親戚になってご寄進をいただこうと、祖母の妹(大叔母)を隣家の奥さんのご実家に嫁がせたようです。大叔母は嫌々ながら承諾したことを懐古しておられました。

隣家からご寄進が74年の間にあったかどうかわかりません。できもしない無理難題を押し付けられ、庫裡を新築しようにも、「無職無収入なのに新築しようとする愚かなこと。」と事情無根なことを吹聴されたものです。

お金を無心するようなあり方は、末代を不幸せにするようです。スエズ運河やパナマ運河は大国の資本を当てにして工事をして、通行税などの収入を搾取されていたのではと思います。
樹木葬墓地でも、業者さんに建築費用や広告費用を負担してもらって、お寺は継続できるのでしょうか。

先日、樹木葬墓地コンサルタントの方と電話でお話ししていると、「私はこちらがお金を負担する運営は、原則としてしません。」とおっしゃいました。
ごもっともなことです。飲み会で「おごってやる。」と「割り勘で」とどう異なるでしょうか。

お金儲けと批判する人がいても、自力で運営資金を調達する努力が必要なのです。