「桑海さんはお寺をどのようにしていきたいですか?」と聞かれます。「弱者が強者の理屈で、正義をねじ曲げられないように、仏教の教えを伝える場にしていきたいです。」とお答えします。
子どもの頃から、父や祖父の葬儀や法事の日程は強者の理屈で決められて、「茶湯器がない。」「ご飯が硬い」などとクレームがありました。檀家さんは、高いお布施で悩んだことがあると最近聞かされました。
20年程前は、法話のことで批判されて心の不調が起きたこともあります。
今では、中東で不穏な動きがありますが、強者の理屈で動いているようです。
そんな弱者が泣きを見るような社会を変えていきたいのです。
そう思っていたところに、日経新聞の私の履歴書に、無実なのに逮捕された村木厚子さんのコラムがありました。ゆっくり読み進めていきたいと思います。
私が強者になることはありませんが、強者になったと錯覚して、ねじ伏せることのないように気を付けていきたいです。
東京へ行って禅語録の講義を聴聞して、月に2人の老師のお話しをお聴きするのは、古い価値観でいわばマインドコントロールされた頭や心を、清浄心へとしていきたいと思いがあるからです。
