思わぬ来客

若い頃は、お客さまがお越しになるのは、新聞かヤクルトの集金かご近所のお葬式のご案内かいずれかでした。

同じ神戸町にお住まいの方がお越しになりました。この方は私と同じように横田南嶺老師のファンで追っかけをされているようです。うちのブログを毎日お読みくださっています。

先日の揖斐川町での法話会でもご一緒させていただいたようです。

そのようなご縁で、1時間お話しさせていただきました。樹木葬墓地のこともお話しさせていただきました。

「私はどこへでも法務に参ります。」とか「いずれ、うちのお寺でも横田老師の法話会が開催できるといいですね。」とお話ししていました。

若いうちは、高倉健さんのように寡黙に儀礼を進めるのがよいと教わってきました。寡黙でかっこよく伝わればいいのですが、一般の人には伝わりにくいものです。
「うちの和尚さんは、布教師だけど、私たち檀家は和尚さんの法話を聴いたことがない。」というお声を聴いたことがありました。

私のように、かっこいいわけでもなく、お経や法話がうまいわけでもない僧侶が、必死になってブログなどで伝えていこうとすれば、予想しなかった人に伝わっているようです。

横田南嶺老師のご縁で、このようにありがたいご縁ができました。このご縁の不思議に感謝いたします。