東京の湯島にある麟祥院で禅語録の勉強会に参加してきました。
お恥ずかしくもギリギリ到着で、前回と同じように、最前列の横田南嶺老師と小川隆先生の間の超特等席に座りました。
小川先生のご講義は、中国の宋の時代の五祖法演禅師の時代の禅語録の読みくだしと解読でした。
臨済禅に長く籍をおいて、辛酸を味わってきたから読み解くことができるのです。「こんな無駄なことをしてどうする。」という繰り返しがあったから理解できるとは不思議なものです。
続けて、横田南嶺老師のご講義でした。横田老師は毎日Youtubeで聴聞していますが、直接にお目にかかるとオーラが漂ってきます。
私は同門の和尚からすれば、「楽して住職になった。」と指をさされて、「要領がいい者がいい。」と僧堂でお世話になった老師さまがおっしゃったのですが、禅の思想とどう結びついているのわかりませんでした。
横田老師は、いまの臨済禅の世界では、思想的理解が乏しいと説かれました。小川先生のご講義と横田老師のご講義を聴聞して、時代の転換になるかもしれません。

臨済録では喝という語がたびたび出てきます。喝を現代の葬儀でも用いますが、その意味の説明なくては、故人への冒涜と取られかねません。体 相 用とその作用にある意味を理解することが大切であることを学びました。横田老師はH2Oという例えでわかりやすく説明してくださいました。
講義を終えて、大乗寺の河野徹山老師にご挨拶して、大学の先輩の平林寺の松竹寛山老師と講義を振り返っていました。
18年前の受難を超えて、また東京で禅語録を学んで、作用即性という教えを手帳に何度を書いて、新幹線で帰りました。
