桜や芝桜がきれいに咲いています。
今年の春は、寒暖差や花粉や黄砂の影響なのか、体調のバランスが整いません。

この時期になると、若かりし頃のことと比較してしまいます。母の後ろ姿をみると、15年前に他界した母方の祖母の面影とそっくりです。
先日、大叔母のお見舞いに行くと、14年前に他界した父方の祖母とそっくりです。
中年を過ぎると、親や兄弟の姿や仕草によく似てくるものです。人相などと言いますが、姿や仕草や考えが継承されていくことから「相続」という言葉が出てきたのではと思います。

20年前に、京都の妙心寺での布教講習会での最初のお題が「相続」でした。宝鏡三昧というお経で、曹洞宗の洞山良价が弟子に向けて伝えたものであると認識しております。
私は当時、毛利元就の三本の矢や、西郷隆盛の「子孫の為に美田を残さじ。」という語録を引用したものです。
私の思いを相続してくれる後世の人などいないと思っていました。最近では、甥っ子2人がお寺に来ては本堂でお参りをします。(両親(弟夫婦)はお参りしません。)
木魚の叩き方は、私が教えたわけでもないのに、私よりもうまいので驚きました。
お兄ちゃんは、お婆ちゃん思いで、私に似ています。弟は、よくしゃべるので、無口な親父(私の弟)とはあまり似ていないようです。誰に似たのでしょうか。私に似たようです。
私は、「(自分がなれなかった)弁護士あるいは布教師になれるといいね。おしゃべりだから。」と伯父バカ発言をしています。
毎年来る桜の時期ですが、時の経つことと、継承されていく先人の流儀を感じ取っています。
