武則天

花園大学の公開講座に参加してきました。
今回の講師は柳幹康先生で、中国の唐の中期の武則天(則天武后)の時代に、禅の教えが庇護された時代背景や、武則天の統治の正統性を高めていくために、仏教の教えを引用したことを学びました。

儒教に影響を受けた中国や日本では、女性が君主で統治者であることは稀なことです。住職塾や近隣のお寺では女性住職とお会いすることがありますが、臨済宗のお寺では多くはありません。

そういう有利ではない背景のもと、君主であり統治者を16年にわたって在位したことに、仏教の教えを利用したことを学びました。

33年前の高校の世界史の授業で、武韋の禍と学びましたが、功罪半ばするところがあるようです。

私は20歳で住職になって、お坊さんの世界からは、「修行も短いくせに、晋山式しておこがましい。」と言われて、ご近所からは、「おじいさんは東大出で教員して、勲章をもらった。お父さんは養子で自死した。いまの住職は定職につかずふらふらしている。正統性はひとかけらもない。」と散々な言われようをしたものです。

ある老師さんにお会いした時、「俺も最初はいろいろ言われたよ。」と教えてくださいました。

武則天のように統治のためのプロパガンダではなく、仏教者本来の安心と抜苦与楽を説いていけば、皆さまのご支持がついてくると思い後にしました。