郵便受けを開けると、妙心寺派宗務本所からのお手紙が届いていました。恐る恐る開封すると、責任役員の改選手続きが完了して、新役員の方にお渡しする書面が入っていました。
月参りがあり、隣り2軒の新役員のお婆さんお二人にお持ちしました。お二人とも感慨深く受け取ってくださいました。
お寺や檀家さんや住職寺族が苦難の時代があったからでしょう。
昨晩に名古屋のNHK文化センターで竹村亜希子先生の易経教室で受けた講義でのお話しを思い出しました。沢の水が枯れて干上がってしまうように、どん底を味わう人がかえって大成することもあるようです。
いま日経新聞の私の履歴書で連載されている、元厚生労働事務次官の村木厚子さんの冤罪事件を思い出しました。前向きに進んで無罪判決を勝ち取り、事務次官まで昇進されたのは強い心とご人徳があったからでしょう。
また日蓮聖人の四難を思い出しました。北条時宗の逆鱗に触れて龍ノ口で受難に遭われたことや、小松原で東条景信一行に襲撃されても強い思いで、現代まで仏法を伝えておられます。
私などは、強い信念や思いなどはありませんが、困難な時代を共に乗り越えた思いがあるからこそ、微力な住職をささえてくださると思います。
「或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊」という観音経の一節があります。「国王の不当な扱いで、刑に処せられようとしても、観音さまのお名をお唱えすれば、刀さえも壊れてしまう。」と解釈しています。
苦難は、心をたくましくして、団結させる力があるようです。
