凡事徹底

台風の影響か朝から雨が降っております。
「いざ鎌倉」と鎌倉へ行く予定でしたが、お寺の仕事が急に入り地元で凡事を徹底する1日を送ります。

大源寺だよりの原稿や、お寺のウリを紹介する原稿の締め切りの方も迫っております。これらを作成するには、徹底的な自己と外部の分析をした上で、自分の熱い思いがなければ進まないものです。

卑下をすることなく過大な期待と評価を持つことなく、前に進めていこうと考えております。

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福聚海無量

ご縁をいただいてお弔いをさせていただく方の戒名を考えておりました。海がお好きだったことを聴いて、庭を見渡しながら考えておりました。

枯池に残った雨水を見て、「福聚海無量」という経文を思い出しました。海の水やそこにある資源のように、仏さまの慈悲が無限であることを説いたと解釈しております。

この経文から戒名に引用させていただくことになりました。

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臨済録

月に一度の法話の会である无名会で臨済録の講義を参加してきました。

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臨済禅師と雲水(修行僧)とのやりとりを描写されている場面です。雲水が仏法の大意を質問します。臨済禅師が払子(ほっす 馬のしっぽのような持ち物)を振ると、雲水がその意を汲み取ったようで、「喝」と言います。臨済禅師は、意図するところが通じたことを感慨深く思ったようで、「指導する立場になった俺にも教えてくれる人がいればいいのに。」と言われたというやりとりです。

ふとした仕草から、弟子がその意を汲み取ったところが着目するところであるようです。これまできつく指導してきたことを、弟子がそっくりそのままお返ししたことに驚いたことでしょう。

この頃、一回りも離れた若い人と話していて、私が言葉に表すことの難しかった事象を、端的に分析していたことに驚いたことと重ね合わせておりました。

何年も人生を重ねて読み取ることのできる、臨済録の深さを感じております。
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うちのお寺から70キロ離れた岐阜県八百津町の大仙寺までお参りに行ってきました。
大雅端匡禅師の500年の遠忌でした。うちのお寺とも法縁が厚いのですが、これまでの交流は薄いものでした。70人を超える和尚さまがたとともに、楞厳呪というお経をあげて焼香をさせていただきました。

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ご一緒した和尚さんの中には、旧知の人が何人もいて旧交を温めておりました。これまでの500年の法縁を土台に、どう今後の勤めを果たしていくべきかを考えておりました。

 

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台風一過。

いまだに強い風が吹いていますが、澄み渡った青空に囲まれています。

EC02B09F-1B47-4F4B-A784-9F0C62B969CE 中庭にある枯池には雨水が貯まり、コイが泳いでいた頃を思い出します。

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空を見上げると虹がかかっています。父の三十三回忌の命日を前に、舞台が整ったかのようです。

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台風が近づいて、雨が降り続いています。枯池を埋めたのですが、庭の雨水の流れを観察しております。思うようには行かないようです。

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平安時代の白河上皇は、「思い通りにならないものは、将棋の駒の動きと叡山の僧兵と鴨川の水の流れ。」と言われたようですが、水の流れには古代から悩まされたようです。

「行く川の水の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」と大きな視野で眺めていこうと思うところです。
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ハロウィン

母の活けた花です。
収穫祭であるハロウィンをイメージしたものであるようです。
アンテナを広げているようにも見えます。この世のあらゆるものから、エネルギーを取り入れているかのようです。

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すなわち近し。

弁護士の先生のところへ行く道すがら、お寺の門前の掲示板を見かけました。
「仏法遥かにあらず。」とあります。弘法大師の「仏法遥かなるにあらず。心中にしてすなわち近し。」から引用されたものと思います。
「仏さまの心は、神秘的なものではなく、自分自身の心のことである。」という解釈をしております。自分自身の心の仏さまの心に気づいたときが「さとり」というのかもしれません。

弘法さまは遠い存在でした。幾度もお参りした高野山は向こう岸にあるように感じておりました。
宗派を超えたお坊さんの交流や、高野山の麓にある弘法さまへの信仰の強いコミュニティのあることを聞くうちに、「すなわち近し」と思うのは、仏法の引き寄せる力が強いからこそと感じております。

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秋の深まり

掲示板のポスターを貼り替えました。
秋の深まりにつれて、庭の木々がえんじ色に染まっていくかのようです。そんなイメージを掲げたところです。

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ナナちゃん人形

名古屋駅の近くを歩いていると、ナナちゃん人形の着せ替え作業中です。足を止めて見上げる人が多いのは、定期的な模様替えがあるからでしょうね。

うちの門前の掲示板を貼り替えなくてはと、帰路を急いでおります。

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