柿の実が大きくなってきました。
季節の移り変わりを示すかのように、彼岸花と隣り合わせに稔っています。バトンリレーの時季であるようです。

柿の実が大きくなってきました。
季節の移り変わりを示すかのように、彼岸花と隣り合わせに稔っています。バトンリレーの時季であるようです。

本堂の天井に、横から降り込む雨になると雨水が入ってくることに気づき、足場を組んでの屋根の点検をお願いしました。
瓦の上での水の流れが滞っていたことが原因であったようで、さっそく補修してくださいました。
循環がうまくいかないと、支障をきたすのは人体を見ているかのようです。ご本尊の十一面観音さまが、少しのほつれを見逃さず、早めに手を打つように教え示してくださったようです。

生涯を終えて、この世に生きたことの証しとして葬られるにあたり、行き場のない遺骨があるとは悲しいことです。
家族関係の変化やこれまでの儀礼に合わせていくことが困難になったことが、「さまよう遺骨」の増える原因と思われます。
死後の世界は平等であることが理想です。どうにか手を差し伸べることができないかと思います。

「そういえば今年は大垣のおばあさんの七回忌にあたるね。」と母と話していました。
母方の祖母のことです。誰よりも私のことを気にかけてくれたのですが、四十九日以降は、年忌法要が勤められることはありませんでした。
「じゃあ法要をうちで勤めよう。」ということになりました。
これまではイエ制度に縛られて、嫁いだ娘のほうで年忌法要を行なうことは良しとされませんでした。
しがらみを外して、母方の祖母に少しでもお返しができればと考えております。
幼い頃から、母方の祖母に連れられて、高野山に何度も行きました。「弘法さんは何でも聴いてくださる。」と話していました。そうすると父方の祖母は、「うちは禅宗なのに。」と快く思っていませんでした。
どういうわけか、うちのお寺にも弘法大師像があります。
イエ制度や宗派というものに縛られていたことを、仏祖は快く思っておられないことでしょう。

小さなお寺の跡取り息子でしたから、先例を踏襲して穏便に事を済ませておりました。
時代の流れとともに、思わぬところからトラブルが生じてきます。
「知らなかった。」とか「よかれと思ってしたこと。」から訴訟にまでつながることがあるようです。
少しずつ裁判の判例を読みながら、トラブルを起こさないように思案しております。

納骨堂を設置するには、行政の許可が必要であることはあまり知られていないようです。
建築反対運動まで出ているとは、驚きました。
世の役に立つつもりが苦を与えるのであれば、これでいいのか軌道修正するべきではないかと思います。

庭の隅に、ヒマワリが咲いています。
どこからか種が運ばれてきたようです。お彼岸にきれいに咲いているのは不思議な縁です。

お彼岸のお中日です。暑さ寒さも彼岸までと言いますが、まだまだ暑さが残りセミが鳴いております。

お寺ができて356年経ちます。これまでお世話になりご縁のあった多くの先人に向けて、感謝の心をお伝えしております。

玄関のお花の装いが、新たになりました。
母にテーマを尋ねると、「秋風」と言うようです。秋風に揺られた稲穂をイメージしているようです。

庭の隅に彼岸花が咲いています。
燃えるような鮮やかな赤です、一隅を照らしているかのようです。
