臨済録

月に1度の无名会という法話の会で、神戸市の祥福寺の木村太邦老師の講義をお聴きしてきました。

臨済宗の宗祖である臨済禅師の語録である「臨済録」の解説です。

冒頭の箇所にある「師匠はどこで誰に教わってきましたか。」という弟子の問いに、臨済禅師は「私は黄檗禅師のもとで3回叩かれて教わってきた。」と答えます。
その後に「弟子がキョトンとする間に、カーツと言って叩いた。そんな質問はムダなことだよ。」というストーリーをどう読み解くかです。

木村老師は、「黄檗禅師に3回叩かれたことによって、今の自分がある。弟子にも自分で考えてもらいたい。」という願いを伝えたかったと解かれました。
私も入門したばかりの頃、余計なことを言って叱られたものです。住職になってから、理由を知ったものです。
自分の僧侶人生と重ね合わせながら臨済録を読むと、味わい深いものになるのかもしれません。

帰り道で、名古屋の地下街の階段で、女子高生が2人地べたに座って、道をふさいでいました。スマホで自撮りして、自分たちの世界に入っているようです。
臨済禅師のようにカーツと言っては、効果はありません。「あなたたち、ここで座っていては迷惑だよ。もっと広いベンチへ行きなさい。」と注意をしました。素直に「ありがとう。」と言って移動したのを見届けて、その場を後にしました。

「自分も若い頃に、マナーを知らずに叱られたから、放ってはいけない。」という心境は、宗祖に近いのかと思いつつ電車に乗ったところです。

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夕焼け空を、雲がきれいに刺繍しているかのようです。
古人は、きれいな空や雲の上に仏さまがいらっしゃると思い浮かべたのでしょう。

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20年ほど前の、お坊さん仲間とのあいさつは、「ヒマか。」と言われたものです。

かつての相棒とお会いすることもないくらい出張しております。
出張先で、名刺交換をしておりました。「○○寺の和尚さんにはお世話になっております。」と言われて、「彼は私と修行同期です。世間は狭いものですね。」とお話ししておりました。

旧友の活躍をお聴きするとは、忙しいなかホッとする出来事でした。

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お中日

お彼岸のお中日です。
「昼と夜との長さがほぼ同じで、暑くもなく寒くもないこの日こそが、ご先祖さまのおられる「彼の岸」に手を合わせることができる。」と、先人から教わったものです。

気候の変わり目でもあり、人生の節目でもあるからこそ、何十年も前のことが蘇ってきて、先人の心というものに触れることができるのかもしれません。

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明け方は暴風雨でしたが、晴れ上がってきました。梅の木がきれいになってきました。

「一寸先は闇ではなく光である。」という詩を思い出しました。

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電車の中で読んでいると、すぐにお坊さんとわかる「月刊住職」を読んでおります。

お寺という組織を束ねる住職という立場である以上、変わりゆく世間を知らなくては勤めることはできません。
小さな糸のほつれから、大きなトラブルになることのないように、我が事のように読んでおります。

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一宮

さいたま市の氷川神社までお参りしてきました。

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古代から続くというので、仏教が伝わる前の創建になるのでしょう。
武蔵国の神社を束ねる「武蔵一宮(むさしいちのみや)」という位置づけで、旧市名の「大宮市」はそのことに由来するようです。

故郷の美濃一宮は垂井町にある「南宮大社」で、隣県の愛知県の西部の尾張一宮は「真清田神社」で一宮市の由来になっているようです。

古代からの教えが、おのずと伝わってくる「パワースポット」でした。
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気恥ずかしくなるような文言を貼りました。

「仏さまに手を合わせて、故人に向き合い、ご縁のある多くの人へ「あなたといるとやさしくなれる。」と感謝の心をお持ちいただきたい。」との気持ちを掲示させていただきました。

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フクロウ

母が作ったフクロウの置き物です。
鋭い目で広い境内を見守ってくれています。

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