大源寺だより第6号の原稿作成が完了して、ホッとしておりました。
ご近所の方がお見えになって、「印刷代の足しにしてください。」と浄財をくださり、恐縮しております。
今後、校正を経て推敲を重ねて発行へつなげていく流れですが、中途半端なことはできません。
僧侶が仏法を説く「法施(ほっせ)」をして、世間の方から金銭や食材をいただく「財施(ざいせ)」によってお寺が成り立っていくのが、お寺の元々のあり方なのでしょうか。

大源寺だより第6号の原稿作成が完了して、ホッとしておりました。
ご近所の方がお見えになって、「印刷代の足しにしてください。」と浄財をくださり、恐縮しております。
今後、校正を経て推敲を重ねて発行へつなげていく流れですが、中途半端なことはできません。
僧侶が仏法を説く「法施(ほっせ)」をして、世間の方から金銭や食材をいただく「財施(ざいせ)」によってお寺が成り立っていくのが、お寺の元々のあり方なのでしょうか。

母が活けた花を、床の間に飾りました。
雨をお題にした活け方であるようです。雨にも負けずにまっすぐな直心(じきしん)でいることが、「直心是れ道場」なのかと考えておりました。

梅雨というのに、岐阜県の西濃地方は雨がほとんど降らない毎日です。
庭木が雨が降るのを待っているかのようです。

檀家さんから頂いたユリの花を飾っております。
こちらを見て、語りかけるような姿が身近に思えるのかもしれません。
「大源寺だより第6号」の原稿を一昨日メール送信して、早くも校正が返ってきました。できるだけ専門用語を減らしたつもりでしたが、ご指摘がありました。
「受け手目線」を心がけているのですが、心の琴線に触れるところに行き着くのは時間がかかるようです。
芳香を漂わせるユリのように、読み手に安心をもたらしていきたいところです。

住職塾でご縁のできたお仲間の勉強会のため、東京の神谷町にある光明寺まで行ってきました。
お寺が成り立つのは、住職と檀家さんとの関係性が第一義ですが、檀家さんのご家庭のご事情や意識が変化しつつあるのは、誰もが感じることです。そこで住職がどう動くのか問われています。
「これまでのしきたりです。」で押し通すのか、各ご家庭の事情や意識に応じて、守備位置の転換をするのかは、住職が「正見」できるかによるものではないでしょうか。
住職塾の同志で博報堂でお勤めされる、福井良應さんのご講義を拝聴して、これまでのあり方から今後どう展開していくかという学びを深めさせていただきました。
祖母の健在の頃は、「お寺のために、みなさんは協力してくださる。ただ頭を下げていればいい。」と言われたものです。今ではこれまで抑えられてきたマグマが破裂しそうな空気があります。
これから、どう仏法を説いていくのか、立ち位置を検証することに迫られているようです。

納骨壇の設置工事を前に、本堂を後片付けしておりました。
16本の掛け軸の入った箱が出てきました。何とお釈迦さまのお弟子の十六羅漢像でした。
大源寺だよりの原稿に、お弟子さん達のことを書いているときに出てくるとは、不思議なものです。

先日京都府の丹波地方にお伺いしたおり、お参りさせていただいた安国寺というお寺です。臨済宗東福寺派に属するお寺です。
きれいに掃除をされた静かな境内でした。

中部地方で広く読まれる中日新聞に、未来の住職塾の講義の風景が取り上げられていました。
4年前に受講してから多くの学びとご縁を得てきました。
記事の写真を拝見すると、どこかでお会いした和尚さんがおられます。お寺やお坊さん業界は狭いですね。
お寺ネットワークが広がって、衆生へのお役に立てていければありがたいことです。

掲示板のポスターを貼り替えたところです。
「他人と同じようにしなくてはいけない。」という土地柄ですが、自分の意志で生き抜くことが大切であると掲示させていただきました。
「大江山いくのの道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立」
小式部内侍が、「天の橋立にいるお母さんの和泉式部からの手紙は、都から遠くてまだ届いていませんよ。」ということを詠んだ歌です。
現代でも、岐阜からは遠すぎる天の橋立でした。220キロ離れて車で3時間かけて辿り着きました。高速道路でなぜかパトカーに追走されましたが、護衛と思いゆっくりと進みました。
高台からの眺めは絶景でした。古代からの心が伝わってくるようでした。リフトで麓に降りて、文殊堂というお寺があるのでお参りに行きました。
どちらの宗派かとお堂を見回してもいたら、なんと臨済宗妙心寺派ではありませんか。
小式部内侍は、「遠すぎて何も伝わらない。」と詠みましたが、遠く離れたところに縁があって、すぐに伝わってくるようです。
