私の留守のうちに、ご近所の方がお寺にお見えになりました。大源寺だよりをご愛読くださり、1号から7号までをファイルに綴じて、第1号をカラーコピーにしておられるようです。
ありがたいことです。皆さまの応援が励みになります。
明後日の涅槃会を前に、涅槃図を倉庫から出してきました。お釈迦さまがお亡くなりになってから、教えを絶やさないように、お弟子さんたちが伝えて現代に至っております。

お釈迦さまの教えに生かされていること、多くの皆さまに支えられていることに感謝しております。
私の留守のうちに、ご近所の方がお寺にお見えになりました。大源寺だよりをご愛読くださり、1号から7号までをファイルに綴じて、第1号をカラーコピーにしておられるようです。
ありがたいことです。皆さまの応援が励みになります。
明後日の涅槃会を前に、涅槃図を倉庫から出してきました。お釈迦さまがお亡くなりになってから、教えを絶やさないように、お弟子さんたちが伝えて現代に至っております。

お釈迦さまの教えに生かされていること、多くの皆さまに支えられていることに感謝しております。
ラジオ出演をされるなど、仏教をわかりやすく説かれる長谷雄蓮華さんが住職をされる大法寺をお参りさせていただきました。
突然の訪問でしたが、ご丁寧に境内を案内してくださいました。大きなクスノキの下にある樹木葬墓地を拝見させていただきました。

お寺では「終活セミナー」が開催されていて、飛び入りで参加させていただきました。ご住職のお話しは、聴取を飽きさせることのないわかりやすいものでした。

ご住職は常に低姿勢で、ご丁寧に教えてくださいます。いつでも駆け込みたくなるお寺を探し当てたような思いでした。

大垣市桧町にある瑞雲寺の玄関先に掛けられていました。
埼玉県新座市の平林寺の松竹寛山老師が書かれた「松に古今の色なし。」という禅語です。「時代が流れても、松の木はどっしりと構えている。」とはいう解釈をしております。

松竹老師とは、10年前、東京都世田谷区野沢の龍雲寺で、故松原哲明老師の勉強会を終えると、ラーメンを食べて、渋谷駅までの東急バスの中で気楽にお話しさせていただいたものです。「老師は大学の先輩なのですね。寛という字も同じですね。」と不敬なことを言ったものです。
10年経っても、松の木のように根元は変わっていません。老師から「桑海くん。不器用でも努力を続けていけばいいのだよ。」というメッセージが伝わってくるようです。

昼間とは対照的に、銀世界のお寺に模様替えです。

寒さが小休止の穏やかな気候です。

檀家総代さんを勤められた故人の、祥月命日に行って来ました。
故人から、「もっとゆっくりお経を読みなさい。」というメッセージが伝わってくるようでした。

バレンタインデーが近づいていますが、「義理チョコはもうやめよう。」という広告をチョコメーカーが出したようです。

時代の流れですね。昭和時代は、仲間外れにされないように、均等割りで負担したものです。半強制的な虚礼は減らしていく流れなのでしょう。
まだまだ虚礼が残っています。「香典や祝儀の金額を仲間内でそろえる。」という慣習も、仲間外れにされない文化なのでしょう。
岐阜駅の前を通ると、「策伝大賞」という幕がありました。

策伝とはどこかで聞いた名前です。浄土宗西山深草派のご住職との懇親会の席でお聞きしました。
江戸時代初期の浄土宗の高僧で、お説教に笑い話を取り入れた先達で、現在の岐阜市のご出身の先人です。
岐阜県内での知名度は低いのですが、今後広まっていくように願っています。
私の法話にも笑いを取り入れたいのですが、まだまだ硬いと言われているところです。
最近、墓じまいやら寺離れの記事が多いのですが、実態を伝えているとは思えません。
檀家さんの先祖代々のお墓があって、お布施や管理費がお寺の収入源という前提にとらわれているようです。
報道機関には、もっと深い環境分析をお願いしたいところです。

檀家世帯数の少ないお寺が、「持続困難」のレッテルが貼られますが、今の時代では当てはまるものではない。逆もあるのです。
先程、中日新聞社に意見書をお送りしました。
「月刊仏事」という月刊誌を読んでおります。
葬儀や年忌法要などを、生活者にどう受け入れてもらうかを、ビジネスマーケティングの側面から編集されています。

「葬儀はいらない。」という人が増えて来ているが、なぜそう思うのか。では仏事に何を求めているのかをアンケート結果をもとに分析する記事がありました。
檀家さんばかりでなく、多くの皆さまがお寺に何を求めるのかを分析する材料になります。先例踏襲するばかりでなく、どう展開していくのか「守破離」が必要とされているようです。
一昨年まで鐘楼にあった鬼瓦です。
装飾や魔除けの願いを込めているようです。
庭の隅からお寺を守ってくれます。
