鐘楼前にある梅の開花は、もう少し時間がかかるようです。

写真を撮っていると、母は「あなたの開花はいつなの。」と禅問答をしかけてきます。
鐘楼前にある梅の開花は、もう少し時間がかかるようです。

写真を撮っていると、母は「あなたの開花はいつなの。」と禅問答をしかけてきます。
「墓捨て山」という驚く記事を見つけました。管理のできないお墓を撤去して、墓石を不法に投棄する場所があるようです。

お墓の問題の複雑さを感じております。長年うやむやになっていたことが表面化してきたのでしょうか。
iPhoneを使うようになってから、CDを再生することは減少しました。
収納庫にあったCDを整理していると、17年前に買ったものが出てきました。竹内まりやさんの作品です。

当時は歌詞の意味がわからなかった「カムフラージュ」という曲の歌詞の意味がわかってきました。
「密かに抱えた傷をなぜかあなたには話せる。」とか「もしもこの世が明日終わり迎えてもあなたがいれば怖くない。」というフレーズは、人生経験を経て感じ取るものであるようです。
ある高僧のお付きを勤めたお坊さんから聞いたことを思い出しました。
「息抜きで竹内まりやさんの曲を聴いておられたよ。」ということまで蘇ってきました。
梅の開花が近づいているようです。
縮こまっていた身体も、自ずと元気が湧いてきます。

先日、京都の東福寺の山内の即宗院をお参りさせていただきました。

このお寺の境内の中にあった庵で、西郷隆盛と月照は潜んでいたようです。幕府のお尋ね者となっても、信念を貫いたエネルギーが伝わってくるようでした。
昨日「西郷どん」を観ていました。逆境を乗り越えて時代を切り開いた姿を見習いたいところです。
仏教会の配布物をお配りしていました。この地域は天台宗のお寺から、戦国時代以降に浄土真宗のお寺に宗旨替えをされたお寺が多いようです。
そういう背景から、比叡山と同じように日吉神社があり、上宮と下宮の2つの神社があります。下宮という地名があります。
下宮の隣にあるお寺にお伺いしたとき、灯籠がきれいに輝いていました。長年の伝統なのでしょう。

住職塾でご一緒した伊藤さんが中日新聞に投稿されていました。
駅員さんの対応に心温まります。

養老町の薬師院の先代和尚さまの忌明け法要でした。

こちらのお寺は、うちのお寺と350年以上前から深い関係です。どちらも慈渓寺の住職の隠居所として建立されました。

15キロ離れた道のりを、今では車で移動していますが、かつては3時間ほど歩いていたのでしょう。
歴史をなぞるような気持ちで、お参りさせていただきました。
京都へは何度も行きますが、妙心寺の他のお寺に行くことはありませんでした。
同じ臨済宗でも行くことのなかった、東福寺、建仁寺、大徳寺をお参りさせていただきました。

三門や門前の松は、臨済宗のお寺に共通するところです。雰囲気や運営方法は長年にわたる伝統が重んじられているようです。

室町時代の京都五山のことや、林下(りんげ)と言って五山の枠外とされたお寺の格付けのことを思い出しました。
妙心寺は、五山の枠外にあった大徳寺の末寺から始まったのです。

ゆっくりと休むことなく、駆けずり回る一日でした。

お釈迦さまから、「自らをともしびとせよ。忙しくても依頼心を捨てよ。」というメッセージが伝わってくるようです。