初夏を思わせるような暖かい一日でした。

はるばる名古屋からお参りくださるご家族がおられました。きっと故人が引き寄せておられるのでしょう。
初夏を思わせるような暖かい一日でした。

はるばる名古屋からお参りくださるご家族がおられました。きっと故人が引き寄せておられるのでしょう。
1時間ほどかけて尾張旭市までやってきました。お墓への納骨の法要をさせていただきました。
桜が咲く頃と今日まで待っていましたが、陽気の中で故人は安堵しておられることでしょう。
遠く離れた所にも、私をお呼びくださる仏様のご縁に感謝しております。

かつてはお寺からの恩賜とされて、口約束で済ませることが多かったようです。
「トラブルが起きたら崩壊してしまう。」という心配症から契約書を作成しました。

元より、信仰を深めてトラブルなど起きないように努めなければならないのです。
月に一度の法話の会である「无名会」で臨済録の講話をお聴きしてきました。

臨済録の冒頭にある「上堂」の読み下しです。修行僧が臨済禅師に禅の重要な心得を尋ねます。
「三つの要素である三玄門が具わっていなければならない。(三玄門の説明は省きます。) そうしてそのいずれにも、3つの重要な働きである三要(①法理 ②智慧 ③働き)が必要である。」と説かれたというストーリーです。

「理屈ばかり説いてもいけない。頭の回転が速くて秀才であれば頼もしいが、それでは足りない。器用であることは、どこへ行っても強みになるが、器用貧乏というように究めることが難しい。法理と智慧と
働きの三つが具わって、仏道を究めることができる。」と説かれているようです。
「長く仏道を説いていてはいけない。自分に酔いしれることなく頭を使い、身体を動かすことを怠るな。」と臨済禅師からのメッセージが伝わってくるかのようなでした。
お彼岸のお中日に雨が降ったことはあったでしょうか。

水はけの悪い中、お参りくださった方には申し訳ない気持ちでおります。
庭を整えて駐車場を確保する手筈を整えております。もう少しお待ちください。
「月刊仏事」という月刊誌を読んでおります。
消費者からの視点で編集されています。消費者とお弔いを行なう者とのギャップを感じます。

僧侶としては、「型にはめて儀式を行なう。」ことが大切と思います。遺族は、「故人の偲ぶオリジナルな儀式にしたい。」ことを要望されています。
20年も前は、僧侶の言い分が通りました。「税務調査で痛い目に遭わせた人が喪主の葬儀に行って、お返しをしてきた。」と思い上がったことを言った和尚さんがいたものです。
ご遺族ばかりでなく皆さまのお気持ちを察して、誰もが前に進むことのできる仏事にしていきたいものです。
観音さまを撮影しようと、アングルを替えています。
観音さまは優しいばかりでなく、厳しいお顔をもお持ちです。

パワハラ問題というものが叫ばれています。私は「パワハラと捉えるか修行と捉えるかで、その後の人生観が変わってくる。」と考えています。
32年前のこと、父が亡くなって、母の実家に預けられていたことのことです。従兄弟が家の中を走り回っていましたが、叔父は私を叱りました。片親の子はこんなものかと思いました。しかし、その後は自分の意思というものをきっちり持って生きていこうと考えたものです。
試練があったから、優しさと厳しさを持つ観音さまの心を感じるのかもしれません。
掲示板のポスターを貼り替えました。
今回は、京都の妙心寺からのポスターと隣り合わせです。

「あれもほしい。これもほしい。」との思いに駆られることがあります。そんな時は物事が見えていないことが多いのです。「なくてもいい。」と割り切ったところに見えてくるものがあるのです。空気のような白い心です。
そうして、「支えられている。守られている。」という「おかげさま」の心につながるのではないでしょうか。
数年前から、「行列のできるお寺」になることを願っていると申し上げてきました。
以前は来客は少ないものでした。
今では毎日のようにお問い合わせがあり、お客さまがおいでになります。留守番をする母は悲鳴をあげております。

どのお客様にも和顔愛語で接遇することを心がけています。そして、お名前と顔をすぐに覚えることが大切です。


「納骨堂 永代供養墓のご案内」というリーフレットを作成しております。
写真が思うように撮れず、悪戦苦闘しております。

父の墓前に向かって、どうすればいいのか尋ねておりました。
