真っ白な心

金風の候というのは、秋風のことをいうようですが、蒸し暑い日が続きます。
昨日、河野太通老師の「十牛図の講話」を聴聞してきました。
迷う自分自身の心を、さまよう牛の動きになぞらえて、コントロールすることが可能になった後のストーリーです。

迷う心をコントロールするために、しつけ糸で補強するようにしていたのが、糸があることも忘れて、とらわれのないありのままの自分で毎日を過ごすことができるという話しの流れです。
老師は「真っ白な心」という表現を用いて、とらわれのない心を表現されました。

「仏道をならうといふは自己をならふなり。自己をならふとは自己を忘るるなり。」という道元禅師のお言葉をお聴きして、物事の尺度にとらわれている自分が小さく見えました。

10年前に、こちらの法話会に参加するようになったのは、失礼ながら冷やかし半分で、後列で目立たぬように聴いて、居眠りをすることもありました。老師のお言葉を聞きもらさまいと、最前列の真正面で聴講することは、ありのままの自分であるのです。

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尼僧さん

「フリースタイルな僧侶たち」というフリーマガジンが届きました。
最新号は、尼僧アイドルが取り上げられています。歌手活動をされる尼僧さんがいらっしゃるようです。

戦後間もない頃、愛知県と岐阜県の境を流れる木曽川の両岸には、尼寺が多くあったようです。尼僧さんは大人気で、地域の若い男性に追っかけもおられたようです。

華やかななかにも厳かな雰囲気のある尼僧さんに、新しい風を入れてもらいたいところです。

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かかし

ご近所の田んぼのなかに、かかしを見つけました。
稔っている稲を守るために設置されています。
秋の季語である「かかし」を見ると、季節の変化を実感せざるを得ません
影の薄いかかしです。
宮沢賢治の詩を思い出しました。「雨にも風にも負けず みんなにでくのぼうと呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず。」
そんな詩のように、愚直に瑞穂を守り続けております。

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一日為されば、一日食らわず。

台風が近づいてきております。皆さまご注意ください。

10月に入りましたが、蒸し暑い日が続きます。

朝方は、小雨が降っておりましたが、お寺の境内で作務(さむ  清掃などの勤め)をしておりました。

芝生を刈って、ほうきで集めているところです。

禅には、「一日為さざれば、一日食らわず。」という言葉があります。

面倒と思えるような作務をしてこそ、おいしいご飯をいただくことができるのです。

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ムラサキシキブ

お寺の庭に、紫色の植物が咲いております。「ムラサキシキブ」というようです。
江戸時代になって、この名前がつけられたようです。程よい紫色が秋の気配を感じさせます。この彩りがいつまで続くことかと眺めております。
「めぐり逢ひて  見しやそれとも分かぬ間に  雲隠れにし  夜半の月影」とは、源氏物語を書いた紫式部の和歌です。

「見たかと思ったらいつの間にか消えてしまった。」という情景とは異なるようですが、不思議な出来事を思い起こさせるムラサキシキブです。

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伝道掲示板

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今日で9月は終わりです。今月は雨が多かったのですが、最終日は快晴です。お日さまのありがたみを感じております。

伝道掲示板のポスターを貼り替えたところです。彼岸花の咲く時季に、改めて絆を大事にしようというメッセージです。

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ホームページ

お寺のホームページに、伽藍(がらん 建物)の紹介があります。
鐘楼の写真を、修復した後のものに差し替えたところです。

土日の午後6時にご近所のご家族が、鐘を鳴らしにきてくれます。3人きょうだいで、まだ背の届かないお子さんは、お父さんが抱っこをした状態で鳴らしてくれます。

落慶法要(落成式)はいたしませんが、鐘の音のようにご近所に馴染むことが何よりうれしいことです。

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幽玄に心をとめよ。

臨済宗妙心寺派には住職と檀家さんとで構成される花園会があります。昨日、ご近所の6つのお寺で構成される花園会の大会が神戸町の瑠璃光寺というお寺でありました。

ご先祖への供養の後、布教師さんの法話がありました。
今回の講師は多田曹渓和尚さまでした。10年前の京都の妙心寺の高等布教講習会のお世話になって以来の再会でした。「おかげさま」の題のもと、身近な話題を用いてわかりやすいお話しをしてくださいました。

先ほど、20キロほど離れた岐阜の霊松院というお寺までお送りしてきました。車中で、一昨年から発行している「大源寺だより」の講評をいただきました。大先輩からの熱いご意見はとても励みになりました。

多田和尚さまは、法話の中で「ふるまひをやさしくして、幽玄に心をとめよ。」と説かれました。日頃のコミュニケーションの中で、優しい行いばかりでなく、「受け手目線」の説法の大切さを教えてくださいました。

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菩提寺とは。

中日新聞の記事を見て、やっと取り上げてくれたかと思う反面、何を今更という気持ちにもなりました。

裕福な環境のお寺がある反面、経済的に困窮しているお寺も多くあります。困窮する理由を、お寺を支える檀家さんの世帯数の減少や後継者不足の問題に特化するのは、表面的な分析に過ぎないと思います。

先祖供養を執り行い、檀家さんからのお布施やご寄進をお願いすることは、江戸時代から継承されてきたお寺と檀家さんの関係性でした。ただその関係性に主従関係があり、いまでも残っており、檀家さんをはじめとする世間の多くの人が違和感を抱いているところがおおもとの問題ではないでしょうか。

葬儀や先祖供養を依頼するお寺のことを、一般的に「菩提寺」と言いますが、「師匠寺」と呼ぶところもあります。教え諭すことから「師匠寺」というのでしょうが、時代にそぐわない響きです。
「お寺の年中行事に必ず参加せよ。」という上からの物言いでなく「お寺の行事にぜひ参加したい。」という気持ちになっていただくことから始めたいものだと思いました。

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秋桜

「暑さ寒さも彼岸まで」と言います。今日も彼岸のお中日ということで、暑さと寒さの節目となります。
伝道掲示板には、秋桜(コスモス)の動きになぞらえて、秋を迎えるメッセージにしたところです。

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