水攻め

台風16号は温帯低気圧に変わりましたが、まだまだ曇り空が続いております。被害に遭われた皆さまにお見舞い申し上げます。

お寺のある岐阜県神戸町にも大雨洪水警報が出ておりました。境内にある枯池に雨水が溜まって、溢れ出すほどでした。まるで、豊臣秀吉が行なった「水攻め」にあっているかのようです。
通勤列車も運転見合わせが続出して、これもまた「水攻め」のようでした。

そんななか、今日中に仕上げてくれという仕事の依頼がありました。無茶な依頼と思いましたが、「雨にも負けず風にも負けず、今日中に仕上げます。」と宣言して、仕上げることができました。「追い風」やら「行雲流水」などという言葉を思い出して、プラスのエネルギーを作り出しておりました。

 

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カゲロウ

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愛知県の木曽川沿いのお宅まで、祥月命日のお勤めに行ってきました。
木曽川を渡るときに、愛岐大橋という橋を渡りますが、先週この橋の上にカゲロウが発生して、視界不良により接触事故が起きたようです。

「祥月命日は、供養を続けることができることが幸いであるという教えです。今年も押しかけるようにお参りにきました。」とごあいさつして法要を始めました。

対岸にある各務原市は自衛隊の飛行場があります。お亡くなりになったお父さまは、戦前に軍用機のパイロットをされていたようです。対岸にある山の中に、故人の足跡をたどることになることと「彼岸」とを重ね合わせていました。

源氏物語の蜻蛉の巻に、「ありと見て 手にはとられず 見ればまた ゆくへもしらず 消えしかげろふ。」という歌があります。日頃の喧騒のなかで、軍用機のことやカゲロウのことも忘れてしまいます。彼岸の折に振り返ることができることは、ありがたいことです。

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彼岸の入り

明日から彼岸の入りです。大型台風が接近しており心配しております。 運動会をしておられる小学校もあることをお聞きして、びっくりしております。「雨にも負けず風にも負けず」ですが、親御さんや先生は大変なことですね。

明日、木曽川を越えた愛知県の扶桑町のほうまで祥月命日のお勤めにお伺いします。祥月とはお亡くなりになった当月ということです。お正月と区別するために祥月と書かれたという説もありますが、子孫が絶えることなく追善供養をすることができるありがたさから、「祥月」と記されるようになった説もあります。

こちらのご主人とは、以前にお仕事をご一緒した縁で、お弔いをさせていただき、祥月のお勤めもさせていただいております。
お会いした頃は、色欲坊主などとおっしゃったものです。

彼岸の入りに、絶えることなくお勤めさせていただく不思議に感謝しております。信仰をお深めいただくことを願っております。

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伝道掲示板

通り沿いにある伝道掲示板のポスターを新しくしたところです。
散歩中のおばあさんが、「いつも楽しみに見ていますよ。」とありがたいお声をかけてくださいます。

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中日新聞の記事を見て思いました。「イチロー選手のことが嫌いだ。」という自動車広告があることは知りませんでしたが、よく読んでいると本当に嫌いではなく、手の届かないほどすごいという尊敬の念があるようです。

先日、名古屋の栄にある政秀寺で、河野太通老師の講話のなかで、白隠禅師が自画像にある賛というメッセージのなかに、ギョッとすることが書かれているようです。
「あらゆる仏さまに嫌われて、あらゆる悪魔からも憎まれる。」という表現で、人並み以上の努力というものが大切であると伝えているようです。

臨済宗の語録では、けなしてほめるという表現が多く使われています。「お前はバカだ。」と一般社会ではパワハラととられることも最高の褒め言葉になるのです。白隠禅師が開かれたお寺で修行された和尚さんに、「お前はバカだ。」と毎日言われたから、こうして危機感を持って過ごしているのかもしれません。

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臨済宗妙心寺派の前の管長の河野太通老師の「十牛図」の講話を聴聞してきました。
第8番目の「人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう)」の章を噛み砕いて説明してくださいました。
牛に例えられた迷いの心を、飼い慣らしコントロールすることができるようになって、これで充分であると慢心が起きると、再び迷いの世界へと戻ってしまう。
「牛を飼い慣らすことができるようになったことも、忘れてしまいなさい。」という教えです。

老師のお話しをお聴きして、この何年の間、視野を広げようと広範囲にわたり飛びまわっていたことと重ね合わせておりました。これまでの狭い世界からの脱却するきっかけにはなりました。
これで充分と満足することなく、違和感なく実践することがなければ、元の迷いに戻ってしまいます。

他人に認められることを願って実践するうちは、我欲があってまだまだ不充分であるようです。帰り道、栄の繁華街を歩いていて、「LINEの既読スルーは許せん。」とか「Facebookのいいね!がない。」などという街角の声を、自分の心の声のように思っておりました。

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防災訓練

町内会の防災訓練がありました。
災害はいつ起きるかわかりません。火災や大地震ばかりでなく、水害も忘れた頃にやってきます。消防署や自衛隊の隊員が駆けつける前の初期の対応が必要となります。
昭和51年の9月12日に、豪雨により長良川の堤防が決壊して大垣市近辺が大洪水になったことを、ご高齢の参加者が振り返っておられました。

日頃からの訓練ばかりでなく、先人からの継承や良好な地域関係であることが必要であるようです。

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そばの花

うちのお寺の庭の片隅に、そばの花が咲いています。
「蕎麦の花」は秋の季語であるようです。誰よりも早く秋を知らせてくれます。

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雨降って地固まる。

早朝の鐘楼からのワンショットです。
一昨日の午前中は、雷雨があり停電するほどのアクシデントがありました。
何もなかったかのような、静かな風景です。

「雨降って地固まる。」と自然の摂理を感じております。

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物の見方の尺度を替える。

会社勤めをされる方から頂いた講演会でのレジュメです。
曹洞宗の尼僧さんの指導をされる青山俊董老師が、人生の折り返し地点を迎える45歳の職員を対象にした研修会で講師をされて、「いいお話しを聴くことができた。」と喜んでおられました。

資料から拝察するに、折り返し地点を通過するにあたり、これまでの物の見方の尺度を替えていこうと説かれたようです。「これまでの苦しみを、今後の生きる力にしていこう。」というお話しは、ぐっとくるものがあります。

全体的に高尚なお話しです。これらの内容を自分の言葉でお伝えすることができるのは、どれほど先のことになるのでしょうか。
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